異論が出ないチームならば
一緒に働く意味はない

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コラボレーションの必要性が問われているが、その本質が誤解されてはいないだろうか。本来は、波風を立てずにやることではなく、そこに建設的な対立が求められると筆者はいう。


 いま、「コラボレーション」が期待の重さにつぶれかけている。

 本来は、行きつ戻りつする厄介なプロセスが、常に協和的かつ効率的であってほしいという願望の犠牲になっているのだ。いつでも全員が同意し、支え合い、笑顔であるべきだという文化規範ゆえに、より偉大なイノベーションや優れたリスク緩和をもたらすという、コラボレーションの目的が果たされないおそれも出てきた。いわゆるコラボレーションには、もう少しの「対立」が必要である。

 あなたはおそらく、コラボレーションは対立と対極にあると教えられてきたのではないだろうか。一部の文化圏では、「チームワーク」という言葉のイメージは信じられないほど美しい。完全にシンクロしてボートを漕ぐ選手たち、あるいは、一糸乱れずに編隊を組む飛行機。 チームは「同じ船に乗って」いて、よきチームプレーヤーは「同じ方向に向かって船を漕ぐ」 。ただ、そのように理想化されたチームワークとコラボレーションが、多くのチームを無力化している。

 緊張や異論、あるいは対立がなければ、コラボレーションには意味がない。本当に必要なのは、緊張や異論、そして対立によってアイデアの価値が上がり、計画に内在するリスクが顕在化され、ひいては参加者間の信頼が深まるようなコラボレーションなのだ。

 そろそろ、対立についての考え方を改める時である。「対立は一様に破壊をもたらす」という考えを捨て去り、「建設的な対立は価値を生み出す」という考えを受け入れてはどうだろう。

 それは陳腐な固定観念を乗り越えて考えれば、明白である。異論がまったく出ないなら、コラボレーションする必要はない。お互いのアイデアを積み重ねるだけでは、漸進的な思考しか得られない。異論を唱えることを避ければ、間違った憶測が発覚しないまま放置される。ウォルター・リップマンが言ったように、「皆が同じように考える時は、誰も深く考えていない」のだ。コラボレーションのメリットを最大化するには、収束する前に拡散する必要がある。

 残念なことに、対立への嫌悪感はあまりに深く染みついているので、ちょっとした異論を促すのにもかなりの努力を要する。ただし、私が行った調査では、3つの具体的な手法により、建設的な対立が受け入れやすくなることが判明している。次の会議を活発な意見が交わされるものにするために、チーム育成の時間を捻出して以下の手法を試みてほしい。

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