内部環境分析:
バーニーの資源ベース理論から考える

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なぜ、同じ「経営」をテーマとしながらも、経営の実務と学問としての経営戦略の間には、これほどまでに大きな隔たりが存在するのか。本連載では、長く実務の世界に身を置きながら、学問としての経営学を探究し続ける、慶應義塾大学准教授の琴坂将広氏が、実務と学問の橋渡しを目指す。第6回は、内部環境から経営戦略を考える「資源ベース理論」の流れがいかに生まれたのかを、ジェイ・バーニーを中心に考える。

 産業組織論に原点を持つ競争の戦略は、市場そのものの成長が停滞したことにより、競合と顧客の熾烈な奪い合いに直面していた経営者に高く評価された。

 しかし、1980年代も終わりに差し掛かると、産業構造はさらに不安定化し、外部環境の分析から戦略をつくり出すことの限界が叫ばれるようになる。産業構造の分析に基づいて自社のポジショニングを議論しているうちに、いつの間にか事業モデルや技術標準にイノベーションをもたらす新規参入者が次々と現れ、市場を席巻する事態が頻発したからである。

 たとえば、日本企業は1960年代頃から米国市場に本格的な進出を開始し、1980年代には、半導体、テレビ、カメラ、造船、化学など多数の分野で極めて大きなプレゼンスを示していた。産業構造が安定的であれば、そしてポジショニングがすべてであれば、このような短期間での順位逆転は起き得なかったであろう。

 だが、産業構造や競争の構図が短期間で大きく変わる事態が同時並行的に発生する。それは、新興勢力が新技術や革新的な製品を片手に、次々と新たな産業領域をつくり出していったためである。その結果、いったんはつくり出したポジショニングも、産業構造そのものがダイナミックにその形を変える環境下においては、持続的な競争優位にはなりえなかった。

 このように企業間の競争原理が変貌を遂げるなかで、学術界にも新たな前進が求められていた。どこを突破口に新しい理論的展開を切り拓けばよいのか。そうして不安定化した外部市場からではなく、企業が持つ資源に再度着目し、その希少性を理論化しようとする動きが少しずつ進行し始めた。

 今回は、この流れを生み出した源流である「資源ベース理論」の形成過程とその骨格を追うことから、内部資源をどう捉えるか、それをどう活かしていけばいいかを議論する。

なぜ内部要因が注目を浴びたのか

 経験曲線、BCGマトリックス、ファイブ・フォース分析は一世を風靡したが、それを背景に立案された戦略をもってしても、米国企業の多くは長期の低迷から脱け出せずにいた。その結果、1970年以降主流となっていた理論に対して、少しずつ疑問の声が上がり始めていた。

 そもそも、優れた戦略は外部市場の構造分析からもたらされるのであろうか。

 この誰もが抱いていた疑問に対して、明確な事実を根拠に問題提起を投げかけたのが、スタンフォード大学ビジネススクール教授のリチャード・パスカルである。彼は1984年に『カリフォルニア・マネジメント・レビュー』に発表した「Perspectives on Strategy: The Real Story Behind Honda's Success(戦略の視点:ホンダの成功の真実)」という論文を発表している。この論文は、戦略の大家であるヘンリー・ミンツバーグに「これほどのインパクトを与えた経営学の論文は他に類を見ない」と言わせたほどの論稿である[注1]。

 この論文は、1975年、ボストン コンサルティング グループ(BCG)が英国政府の要請で作成した「Strategy alternatives for the British motorcycle industry(英国自動二輪車産業への戦略提言)」[注2]の説明を真っ向から否定した。BCGによるこのレポートは、全米各地のビジネススクールで戦略と産業の分析の手本として紹介されていたほど著名なものである。

 BCGによるレポートでは、英国の自動二輪車産業の衰退を市場シェアと利益率の低下によるものとし、その原因を競合に対する技術開発、販売、製造における規模の経済の不足であると説明していた。その分析対象の中心は日本企業のホンダである。このレポートは、ホンダは母国市場・日本での成功によって規模の経済を享受し、その価格面での優位性を小型から中型、大型の商品に移転させることに成功したと解説する。

 すなわち、母国市場での生産量の蓄積で経験曲線効果を得たことが低価格の源泉であり、それにより小型の商品で競争力を得たと解説する。さらに、小型の商品で得た利潤を戦略的に中型、大型の製品に投資をする、優れた事業ポートフォリオ管理を戦略的に行ったという。このように、BCGの戦略ツールで説明できる経営戦略の成功例としてホンダを位置付け、それと比して英国の自動二輪車産業がどうあるべきかを議論したのである。

 これに対してパスカルは、その主張は企業内部を捉えた視点を考慮せず、細緻な事実を軽視した大味な分析であり、特にミクロ経済的な要因に依存しすぎていると批判を展開した。彼は、ホンダ社内で実際に行われた戦略検討プロセスを丹念に描写し、立地選択、予算計画、商品企画など多くの要素が産業構造や競争環境に基づいて決定されたのではなく、極めて属人的かつ偶発的に決められたことを示した。

 これは、前回も触れた「プロセス型戦略論」とも呼ばれる、実践を通じた一連の意思決定から戦略が次第に経営されるという理解とも符合する。パスカルは、BCGの分析は、企業行動を外部環境の要因にひも付けすぎていると主張し、経営の現場で重視されているのは何よりも内部要因であることを説いたのである。

 事実、産業構造をいかに緻密に分析しようとも、その分析結果が企業の業績とは結びつかないことが多々観測されていた。そこで事業の効率性向上、持続的な製品改良、企業内部での価値観の共有といった、企業内部の要因こそが競争優位につながるという主張は、1982年に発売された『In Search of Excellence(エクセレント・カンパニー)』[注3]が世界的ベストセラーとなったことと相まって、再度注目を浴びるようになっていた。

[注1]原典ではこう述べている。「Perhaps no other article published in the management literature has had quite the impact of Richard Pascale’s California Management Review piece on “Honda Effect”」Mintzberg, H. 1996. The "Honda Effect" Revisited. California Management Review, 38(4): 78-79., p. 78.
[注2]原文はこちらからダウンロード可能。https://www.gov.uk/government/publications/strategy-alternatives-for-the-british-motorcycle-industry
[注3]Peters, Thomas J., Waterman, Jr, & Robert H. 1982. In Search of Excellence: Lessons from America's Best-Run Companies. Harper & Row.(邦訳は『エクセレント・カンパニー』〔大前研一訳、英治出版、2003年])
 
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