経営戦略の黎明期:
予実管理から戦略計画へ

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なぜ、同じ「経営」をテーマとしながらも、経営の実務と学問としての経営戦略の間には、これほどまでに大きな隔たりが存在するのか。本連載では、長く実務の世界に身を置きながら、学問としての経営学を探究し続ける、慶應義塾大学准教授の琴坂将広氏が、実務と学問の橋渡しを目指す。第4回は、経営戦略の議論の中心が米国企業へと移り変わった背景を抑えたうえで、時代とともに事業の多角化が一般化していくなかで、予実管理から戦略計画の策定が重視される流れを追う。

前回は、「経営戦略」という言葉が一般に語られる以前の歴史をカバーした。

 そこで議論したように、フレデリック・テイラーに代表される科学的管理法は、エルトン・メイヨーのホーソン実験で示されたような人間性の理解とその活用で発展を遂げ、経営のあり方を進化させた。そして、それは多くの実務家や経営思想家によって磨き込まれ、20世紀中頃には広く実業界に浸透していった。

 では、なぜ、その時期を境に「経営戦略」という概念がこれほど広まったのか。それを考えるために、今回は経営戦略正史の始まりとも言える、第二次世界大戦後の1950年代頃から1970年代の終わりまでの歴史を概観する。

米国を中心に多角化が進み、
戦略の専門家が必要とされる時代へ

 経営学の文脈における「戦略」の始まりを議論するためにも、まず、第二次世界大戦を契機に訪れた経営環境の大きな変化を押さえておく必要がある。

 19世紀に生産活動の科学的な検証が進んだ結果、人類は生産性を飛躍的に増大させた。それによって大量生産と大量消費を実現し、第一次グローバル化とも称されるような国際交易が急成長を迎えることとなる。しかし、第一次世界大戦による混乱や、大恐慌への対抗策として列強各国が行ったブロック経済化によって、世界はふたたび断絶の時代に取り込まれていった。そして、その結果として生まれたファシズムと軍拡のうねりは、第二次世界大戦というさらなる悲劇を誘発し、世界中に大量の戦死者と広大な焼け野原という負の遺産を残すことになる。

 そのなかで、経済的打撃をほとんど負わぬまま大戦を終えた国家が存在した。それは米国である。米国は、欧州の疲弊とアジアの混迷によって超大国として不動の地位を築き、戦後復興の中心的役割を担うことになる。米国は大戦を勝利に導いた大量生産方式を復興に用いることで、世界的な大量消費社会の発展に寄与した。東西の冷戦構造が世界経済に暗雲を投げかけてはいたものの、「黄金時代」とも呼ばれる経済成長を謳歌する。米国が消費社会の再発展を牽引する時代の始まりであり、これを機に、経営に関する議論も米国企業を主な研究対象としてさらに発展した。

 第二次世界大戦後、米国を中心とした企業は、ある商材で成功を手にすると、その成功の方程式を基に関連産業にも精力的に進出していった。その結果、複数事業に多角化し、自社の組織内で資源を融通し合い、それぞれの事業領域でいかに他社が持ち得ない優位性を得るかが重要とされるようになった。そしてそれは、ライフサイクルが異なる事業を一体運営し、事業の長期的継続を成し遂げるための方法論の確立と普及へとつながった(米国から始まったこの流れは、遅れて経済成長を遂げた日本やドイツといった他の先進国へも波及する)。

 ただ、個人のセンスだけに頼り、無数に存在する事業を経営することには限度がある。この時代には、多角化が過度に進むことで、経営者の認知限界を超えて肥大化する組織が生まれた。経営者が、自社の製品やサービスの名称をすべて諳んじることもできないケースすら見られた。その結果、経営者の意思決定を助ける特別な存在が求められるようになる。

 たとえば、その結果として企業内の「経営企画(部)」がさらに拡充された。経営企画部は、経営者の判断を具体的な予算人員配分に落とし込むために、組織の日常業務とは切り離された中長期的な資源配分を検討して、必要な情報を収集する部署である。この陣容が拡充され、企業がより多くの経営人材を求めるようになると、経営コンサルタントという専門職がその存在感を増し、経営の現場に浸透していくこととなる。

 依然として、現場における基本的な事業運営のスキルやノウハウは重要であった。しかし、組織の中・長期的な存続をいかに成し遂げるかを議論する専門家としての戦略家と、それを助ける思考のツールがより強く求められる時代となり、それが経営戦略という言葉の一般化につながることになった。

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