経営戦略前史:
紀元前からその歴史をたどる

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なぜ、同じ「経営」をテーマとしながらも、経営の実務と学問としての経営戦略の間には、これほどまでに大きな隔たりが存在するのか。本連載では、長く実務の世界に身を置きながら、学問としての経営学を探究し続ける、慶應義塾大学准教授の琴坂将広氏が、実務と学問の橋渡しを目指す。第3回は、経営戦略の起源を紀元前まで遡ることによって、現代経営学に至るまでの流れを体系的に整理する。

 経営戦略は、すでに確立された学術分野となりつつある。しかし、遠い昔から体系化された広がりを持っていたわけではない。長い時間をかけ、次第にその深みを得た経緯がある。

 では、どこに経営戦略の起源を見出し、その進化をどのようにとらえればよいのだろうか。本記事では、経営戦略の前史を再整理する。通常の経営戦略の教科書では数行、長くても1ページ程度しか触れられない起源をできる限り遡りたい。

 まず、その言葉とそれが意味する活動の起源を考える。次に、軍事を対象とした戦略論の中で現代経営戦略にも応用される古典的な考え方を中心に紹介する。そのうえで、現代経営学の黎明期の議論から経営戦略の源流を整理したい。

経営戦略の語源は
古代ギリシャにある

 経営戦略の起源を、その語源から遡ろうとするのであれば、それは少なくとも紀元前501年のギリシャにまで遡る。

 戦略は英語で“Strategy(ストラテジー)”と書く。直接の語源はラテン語の“Strategos(ストラテゴス)”であり、この言葉は古代ギリシャで生まれた。

 僭主ヒッピアスを追放したアルクメオン家のクレイステネスは、各地の部族から選ばれた500名の委員で構成される評議会による民主的な改革を実行した。同時に、ストラテゴスと呼ばれる軍事上の指導職を設ける。各部族から1名ずつ、計10名のストラテゴス(複数形で“Strategoi[ストラテゴイ]”と呼ぶ例もある)が再任可能な1年の任期で選出された。そして、1名1票の平等な権利を持つ彼らが、アテナイの軍事的な活動について多数決で意思決定を行っていたのである。

 時代の変遷を経て、ストラテゴスの部族代表としての性格は薄れ、部族にかかわりなく、ときには影響力のある政治家が選出されることも一般的となった。そしてギリシャがその支配圏を拡大するにつれて、全員が同等の責任を持っていたストラテゴスも、海外遠征担当や地域防衛担当など、それぞれ独自の管掌領域を受け持つこととなる。これは現代企業の取締役会に通じるところもあるだろう。

 ただし、ストラテゴスは依然として軍事的指導者という役職を意味したため、現代的な意味でのストラテジーとは異なる。“Strategy”に最も近い表記のラテン語は、ローマの歴史家が生み出した“Strategia”という言葉であるが、これはストラテゴスが選出される各地域を指した言葉であり、その意味はさらに遠い。

 現代の“Strategy”に最も近い意味を持つ言葉は、ローマ帝国のセクストゥス・ユリウス・フロンティヌスが紀元前1世紀の終わり頃に記した書籍の表題、『Strategemataton (ストラテーゲーマトーン)』として採用されている[注1]。これはまさに、軍隊の指揮法や戦術を表す名詞として用いられた言葉である。意義からすれば、これがより起源に近い(意義という観点で見ると、当時のギリシャ人の言葉では“Taktike techne”であるが、これも軍隊の指揮法や戦術の技術を指す言葉であった)。

 古代ギリシャの時代にはすでに、軍事的な意味での戦略はすでに体系化された知識として専門家の間で共有されていた。大規模で長期的な集団行動を統率するための方法論として、そのノウハウは文明の黎明期から磨き込まれていたのである。

 では、経営戦略の骨格を「特定の組織が何らかの目的を達成するための道筋」ととらえたとき、人類はいつ頃からそれをつくり出してきたのだろうか。

 おそらく、その起源は有史以前まで遡ることができるはずだ。戦略が先史時代から存在したと考えてもなんら矛盾はない。もちろん、我々がいま想像するような戦略ではなかった。後述するが、それはパターンとしての戦略(第2回参照)の世界であり、ほとんど記録が残っていない太古の人間生活ではある。だが最も広く戦略をとらえるのであれば、それも戦略と言えよう。

[注1]『ストラテーゲーマトーン』は、一部にローマ時代の他の書物との類似性が指摘されているものの、ギリ シャ時代の戦略を具体的な事例から端的にまとめており、現代への示唆もある。日本語訳(『[新訳]フロンティヌス戦術書』PHP研究所、2013年)もあり、一読の価値がある。
 
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