ブランドの「現地化」が
必ずしもうまくいかない理由

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多国展開するブランドにとって、標準化と現地化のバランスは悩ましい問題だ。異文化市場への適応を唱える論考が多いなか、本記事は「データ依存による過度の現地化」を警告する。


 グローバルブランドのマーケティング施策を、地域ごとに現地化(ローカライズ)すべきか否か。これは、多国籍企業でいまなお最も議論を呼ぶ問題の1つである。

 地域担当のブランドマネジャーは通常、現地に合わせた独自のやり方を慎重に進めるべきだと主張する。現地の消費者性向は他の市場と異なり、顧客の購買行動、嗜好、メディア、小売業の様相なども違うから、というのが言い分だ。

 かたや本社は、スケールメリットを実現してグローバルでの効率化を達成するためなら、ローカルな顧客の一部を失っても仕方ない、という立場を取る。

 地域のブランドマネジャーはこうしたトレードオフに直面すると、本社が驚くほどの労力を費やして、国の違いは重要なセグメンテーション変数なのだと証明しようとする。製品やマーケティング施策の現地化を正当化すべく、各市場で顧客がいかに異なっているかを示すのだ。その違いがP値0.05以下、つまり「有意」であると立証する最新の市場調査レポートを用意し、製品パッケージや香り、広告手法を変えるべきだと主張する。

 しかし、ブランドマネジャーのそうした見解が誤っている可能性はないだろうか。異なる市場の消費者が、調査結果よりも実際には似通っているとしたら、どうなるだろう。

 私は同僚たちと長きにわたり、「マーケティング上の普遍的要素(marketing universals)」について研究してきた(英語論文)。これは、あるセグメントにおける特定の製品カテゴリーに関する消費者行動のうち、文化によって差異がないものを指す。たとえば、ある商品の質をどう判断するか、価格プロモーションにどう反応するかなどである。

 我々が得た知見の1つに、「差異を証明するのは簡単だが、類似性については統計的な正確さをもって示すことが極めて難しい」というものがある(このことは他の諸研究でも論じられている)。異文化間研究では差異に関する知見が豊富にあるが、その一因は、調査研究の方法と発表主旨において「差異の有意性」が優先されるからだ。一方で、異文化間の類似性、つまり普遍的要素に関する知見は少ない。そこには、普遍的要素を特定するのが方法論的に難しいという大きな理由がある。

 市場調査をする人のほとんどは、このことを知りながら黙っているものだ。たとえば、ある製品パッケージに関する消費者意識調査で、米ミシガン州と、国境を隔て隣接するカナダ・オンタリオ州の消費者は異なる、という仮説を検証したいとする。その答えが得られる調査を設計するのは極めて簡単だ。実際、両地域のサンプル数が十分に多ければ、あらかじめ答えを知ることさえできる。ほぼ間違いなく、両地域の住民は異なると示されるからだ。

 有意性検定はそういうものである。双方の間に何らかの根本的な違いがある限り、調査を何度も繰り返せば20回のうち19回は有意差が示されるのだ。この結果が、極めて顕著な基本的相違の証拠と見なされるわけだ。

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