ハーバードはその代名詞「ケース・メソッド」と同じように「フィールド・メソッド」を新たなリーダー育成法として確立する

対談【後編】:
藤川佳則(一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授)×
山崎繭加(『ハーバードはなぜ日本の東北で学ぶのか』著者)

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ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)が5年連続で開催している人気授業、日本の東北におけるフィールド・スタディ「ジャパンIXP(Immersion Experience Program)」の企画を中心的に担ってきた山崎繭加さん。ハーバードはなぜ日本の東北で学ぶのかを上梓した記念に、HBSの卒業生でもあり、現在はビジネススクールで教える立場にある藤川佳則・一橋大学大学院国際企業戦略研究科(一橋ICS)准教授を迎え、一橋ICSが設立当初から意識してきた個人の意識を引き出すアプローチとハーバードの新たなフレームワークの共通点や、東京のMBAコースが打ち出し得るテーマについて語り合います。
前編はこちら

人生やキャリアで難しい問題に直面したとき
意思決定で問われる価値観をどう構築するか

藤川:2000年に一橋大学大学院国際企業戦略研究科(一橋ICS)を設立した当時、その初代研究科長が竹内弘高教授でした。一橋ICSのミッション・ビジョン・バリューとして掲げた「Best of Two Worlds」は、相反したり矛盾したりする事柄を二律背反としてとらえるのではなく、難しい問題に向き合い、清濁併せ飲み、両者を止揚する術を身に付けた次世代のビジネスリーダーを育成する、という考えがその根幹にあります。

 たとえば、「東洋と西洋」、「大企業とスタートアップ」、「競争と協力」など対立軸としてとらえた中には、HBSのジャパンIXPにも通じる「利益追求と社会課題」という対立軸もありました。新しい時代のビジネスリーダーは、成長や利益の追求にとどまらず、世界や社会の問題解決に貢献することにある、という考え方です。

山崎:早くからソーシャル・ビジネス、事業と社会の関係性に目を向けてこられたんですね。

藤川:また、2006年からスタートしたのが、「ナレッジウィーク」というプログラムです。これは、HBSのBeingと似ていますが、一人の人間として自分のミッション/ビジョン/バリューを見つめ直す1週間です。自分は何のために生まれてきて、何を成し遂げようとしているのか、10年後、20年後に何を実現したいのか、そのために行動を起こすとき、行動原理や価値基準に照らし合わせて譲れない点は何か、一生懸命考えます。このコースには学生だけでなく、教員も全員が参加し、幸福学や宗教学、社会課題、歴史問題などリベラルアーツの議論を通じて共に学び合う機会としています。学生は、9月に入学し、1日3ケースをこなす毎日を過ごし、1年目のちょうど折り返し地点を迎える3月にこのプログラムに参加します。日々のコースワークから一歩引いて、そもそもなぜ自分はMBAを目指したのか、MBAを終えたら何をするのか、さらにその先の人生において何を実現するのか、自問を続ける1週間になります。

山崎:2006年に始められた際に、何かきっかけがあったのですか。

藤川:当時、スタンフォード大学などのトップスクールが、カリキュラムにリベラルアーツの導入を進めていることを受け、一橋ICS設立時から参画していた清水紀彦教授が教授会で問題提起をしたことがきっかけでした。ちょうどその頃、一橋ICS設立から5年が経過し、カリキュラム改革を大きく進めようとしているタイミングでもありました。われわれのミッション・ビジョン・バリューに立ち返り、「Best of Two Worlds」の実現に向けてさらによい方策を模索する中で、「ナレッジウィーク」の構想が膨らみました。

 ちなみに、このプログラムを準備していたときに、一番の協力をしてくれたのがHBS教授のジョセフ・L・バダラッコでした。彼の著書『Defining Moments』(邦訳『「決定的瞬間」の思考法 キャリアとリーダーシップを磨くために』東洋経済新報社)は、自分のキャリアや人生において難しい局面にぶつかったときは、どちらを選択しても正解であることがほとんどだと論じています。それは、自分が何を本当に大事だと思っているかがあぶりだされる局面であり、そうした修羅場を通じて自分自身が変わっていく、形成されていく。難題に向き合い、自分なりに「決定」したことが、自分が何者であるかをも「決定」することになる、文字通り「決定」的な局面なのだ、とバダラッコは説いています。

山崎:実際、意思決定においては、これが正しいという絶対解は存在しなくて、何を自分の価値基準とおいて判断するか、ということのほうが大事ですよね。

藤川:そうですね。こうした学びをナレッジウィークの中核に据えています。この「Defining Moments」は個人レベルに限らず、自分のチームや会社など組織レベルにおいても訪れます。われわれが何者であるのかが問われる瞬間であると同時に、その決定がもたらす影響や範囲も大きくなります。

山崎:まさにBeingと目指す方向が同じですね。

藤川:それと、一橋ICSは専門職大学院なので、卒業要件として、従来の修士論文の代わりに、「ナレッジレポート」という課題の提出を求めています。いまから20年後の2036年、新聞や雑誌、テレビなどのメディアで自分の特集号や特集番組が組まれていることを想定し、その内容を自分で書くという課題です。自分が何を成し遂げようとしているのか、じっくり考えないと書けません。そのために自分にとって何が大事なのか、を自問することにもなります。

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フィールドも新たな学習法として改善しつづける
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