人の評価に「客観性」という言葉は似合わない

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「人を見る目」はビジネスでも重要な資質の一つだが、人が人を評価するのは難しい。熟練の面接官でも、正確に採用者を見分けられないと言う。では、価値観が一様でない我々が、人を客観的に評価することなど、できないのではないだろうか。

 

自分の価値観を外して人の評価をする難しさ

 以前、外資系企業の採用マネジャーを長らく勤めていた方に聞いた話が印象的です。毎年何百人もの学生と会っていたその方に「面接で正しく人を見分けるにはどうするのですか」という質問をしたところ、「基本的に人は人のことを評価できないという前提に立ちます」と仰り、話し始められました。

 またあるベンチャーキャピタリストの方も面白いことを仰っていました。投資の原点はやはり人物評価だそうです。ただし、知り合いや友達だから正しい判断が下せるわけでもなく、「お友達逆バイアスがかかる」と仰りました。つまり、友達だからといって甘くしてはいけないという意識が働き、かえって厳し過ぎる目で判断を下してしまうバイアスがあるというのです。この方は、このバイアスによって、真っ当に考えて投資すべき案件を見送ってしまったと言います。

 人が人を評価するというのは、矛盾に満ちた行為だと思います。評価する側の人が一様ではないはずであり、さまざまな思考や価値観をもった人が、人を評価するとなれば、評価する人の数だけ異なる評価になるはずです。自分が人を評価する場合、まず考えるのは、自分と似たような価値観をもった人を評価しているようです。これは自分にとって「好ましい」さらに言えば「好き」な人を評価している感覚に近いかもしれません。もう一方で、自分にないものを持つ人を評価していますが、それも正確に言うなら「自分にはなく、自分が好ましいと思っている」資質を評価しているのであり、そこにも自分の価値観が強く反映されています。自分にないものを持つ人でも、その資質が「好ましい」と思わなければ、決して評価しないはずです。

 そうなると人の評価などに「客観性」という言葉ほど似合わないものはありません。人は自分の価値観でしか人を評価できない。そう戒めた方がいいのではないでしょうか。

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