「できない理由」に逃げていたら、
真のイノベーションは生まれない

——ネスレ日本代表取締役社長兼CEO・高岡浩三

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2016年10月11日・12日、“マーケティングの神様”と称されるフィリップ・コトラー氏が中心となり、東京で最後の「ワールド・マーケティング・サミット」が開催される。カウンシル代表を務めるネスレ日本代表取締役社長兼CEOの高岡浩三氏は、いかなる問題意識で最後のサミットに臨むのか。高岡氏のインタビューは全2回。(構成/加藤年男、写真/引地信彦)

「顧客が気づいていない問題」を解決せよ

高岡浩三(たかおか・こうぞう)
ネスレ日本 代表取締役社長兼CEO
1983年、神戸大学経営学部卒。同年、ネスレ日本入社。各種ブランドマネジャー等を経て、ネスレコンフェクショナリーマーケティング本部長として「キットカット受験生応援キャンペーン」を成功させる。2005年、ネスレコンフェクショナリー代表取締役社長に就任。2010年、ネスレ日本代表取締役副社長飲料事業本部長として新しい「ネスカフェ」のビジネスモデルを構築。同年11月より現職。主な著書に『ゲームのルールを変えろ』(ダイヤモンド社)がある。

編集部(以下色文字):日本で最後の「ワールド・マーケティング・サミット」が10月に開催されます。3年間、マーケティングの世界的イベントを開催し続けるなかで、高岡さんの中で気づきはありましたか。

高岡浩三(以下略):これまで自分が考えていたこと、実施してきたことを体系化する機会になりました。具体的には、少し大きな話になりますが、21世紀のマーケティングを誰でもがわかるように再定義しています。私の定義は極めてシンプルで、マーケティングとは「顧客の問題解決のプロセス」であるということです。

 営業担当者に限らず、いかなる部署にもその先には必ず“顧客”がいます。そして、仕事の付加価値もそこから生まれてきます。人事部であれば従業員、リクルート担当者であれば学生、経理やファイナンスのチームも社内外の誰かのために働いています。その顧客の問題を解決するプロセスをすべてマーケティングと定義しました。

 仕事の付加価値として生まれるものは、大きくリノベーションとイノベーションに分かれます。「顧客の問題解決」というときの「問題」には、「顧客が気づいている問題」と「顧客が気づいていない問題」の2つがあります。前者は市場調査によって見えてくるものであり、20世紀の問題解決です。ただし、この問題を解決してもリノベーションしか生まれません。一方、イノベーションは後者、つまり市場調査では表に出てこない問題を解決することです。

 イノベーションは過去、産業革命と密接に結びついてきました。18世紀末から19世紀初頭にかけて、石炭が普及し、蒸気エネルギーができ、それまで人や牛馬の力で動かしていたものを蒸気によって動かせるようになったことで、近代工業化への第一歩を踏み出しました。その延長線上で蒸気機関車も誕生しています。その後、20世紀の初頭にエジソンが電気を発明し、石油が発見されて第二次産業革命に入り、現代へと続く近代文明が醸成されました。それによって飛行機が飛び、車が走り、さまざまな家電製品が家庭に普及しています。

 このように、モノによって顧客のありとあらゆる問題解決を行ってきたのが20世紀の歴史です。ただし、この時期にイノベーションはほとんど起こらず、リノベーションばかりでした。

 イノベーションとリノベーションの違いを具体的に教えてください。

 たとえば、「部屋が暑い」という問題を考えてみましょう。この問題を解決したのは扇風機とエアコンです。それまでは、クレオパトラの時代から扇子しかありませんでした。

 扇風機の発明というイノベーションが起きたのは80年前であり、その後はリノベーションが続いています。初期の扇風機に風量の強弱を加減するスイッチはついていなかったでしょうが、消費者が使い続けるうちに強弱を切り替えたいというニーズが生まれ、つけたまま寝ても風邪をひかずにすむようタイマーが欲しいと思うようになった。これらはすべて、消費者から出て来た要望であり、そこを改良することでリノベーションが行われてきました。

 そのうち、湿気の問題に着目した技術者が現れて、エアコンが生まれました。なぜ技術者発かといえば、機械を通じて部屋の温度を制御したいという欲求は、市場調査から出てくることはないからです。消費者は見たことのないものを欲しいと言うことはありません。そのため、エアコンもイノベーションを起こしたと言えます。

 テレビもイノベーションです。テレビが解決した問題は、それまで映画館でしか見ることのできなかった動画を家の中でも見られるようにしたことです。最初はブラウン管の白黒テレビでも仰天しましたが、それを使っているうちにカラーになればいいのにと願うようになった。そしてカラーテレビができると、今度はより鮮明な画質で見たいと思うようになりました。そうした欲求は消費者から出てくるもので、これらを解決するのはリノベーションです。

 特に近代以降、イノベーションは滅多に起きていません。多くはリノベーションによって、「顧客が気づいている問題」を解決してきたのです。

 なぜ、現代はイノベーションが生まれにくいのでしょうか。

 モノで解決できる問題がなくなってきたからです。20世紀のイノベーションは、電気と石油によるエネルギーを使い、モノをつくり出すことで問題解決をしてきました。その結果、先進国はモノが溢れるようになり、20世紀が終わる頃にはモノが売れなくなる時代が訪れています。

 そこに現れたのが、インターネットとコンピュータでした。21世紀に入ってシリコンバレーから生まれた世界的なイノベーションは、ほとんどがインターネットを使った問題解決です。それらは20世紀には不可能だったことであり、アマゾンやグーグル、アップル、ウーバーなどが実施した諸々がそれに当たります。

 今後、特に先進国においては、イノベーション抜きに成長は語れなくなるでしょう。日本の家電メーカーが窮地に陥っているのも、リノベーションしか起こせなかったからです。モノ自体が不足していた高度成長期にはそれでも勝てましたが、当時の成長をイノベーションによるものだと勘違いしてきたことが、現在の不幸な状況を呼んだと言ってよいと思います。

 私は、どんなイノベーションにも賞味期限があると考えています。

 たとえばインスタントコーヒーは、70年前のイノベーションです。豆から挽いてコーヒーを淹れることが極めて面倒だった当時、誰もコーヒーをそこまで手軽に飲めるとは思っていなかったでしょう。しかし、それからはレギュラーコーヒーに味と香りを近づけるリノベーションだけが続いた結果、イノベーションの賞味期限に達したことで売れ行きが徐々に落ちてきました。日本でのインスタントコーヒーのピークは1987年であり、もはやリノベーションでは回復が見込めない状態になりました。

 だからこそ私は、「ネスカフェ アンバサダー」のビジネスモデルを開発しました。味と香りの改良ではなく、それによってオフィスで手軽な価格でおいしいコーヒーが飲めないという問題を解決したのです。

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