多様な価値観が「美しいもの」をつくり出す

――テーラー・鈴木健次郎

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英国のEU脱退を機に、移民大国フランスも次なる脱退候補だと言われるようになった。移民社会が混乱を招く側面もある一方で、多様な民族が共生するからこその魅力とは何か。フランスの世界的テーラーでチーフを務め、現在はパリに自身の店を構える、テーラーの鈴木健次郎氏に聞いた。

生き方の価値観は一つではない

鈴木健次郎(すずき・けんじろう)
1976年、東京都生まれ。服飾専門学校を卒業後、モデリスト、クチュリエとして勤務。2003年に渡仏。ストラスブールの語学学校に半年間通った後、モデリスト養成学校(AICP)で半年間学ぶ。フランス政府認定モデリスト技術者レベル4を取得。パリの老舗テーラー「カンプス・ド・ルカ」で仕立て職人として2年間勤務し、「フランチェスコ・スマルト」でカッティングのチーフを5年ほど務める。2012年より独立し、パリ8区で「KENJIRO SUZUKI sur mesure PARIS」を営む。

編集部(以下色文字):英国がEU脱退を決めたことは、日本でも大きく報じられています(2016年6月30日取材)。フランスではいかがでしょうか。

鈴木健次郎(以下略):こちらでの報道はかなり落ち着きました。ラジオなどを聞いていると、英国のほうではヒートアップしている印象です。それは日本のメディアでも紹介されている通りだと思います。

 英国がEU脱退を決めた理由の一つに移民問題が挙げられています。フランスでもその動きが強まるという報道がありますが、現地の様子はいかがですか。

 いまのところ目立った変化はありません。ただ、2017年の大統領選挙への影響は考えられます。現在は左派のフランソワ・オランド氏が大統領ですが、前回のニコラ・サルコジ氏が右派だったこともあり、今回は極右であるマリーヌ・ルペン氏が選出されるのではと言われています。彼らはどちらかというと移民反対派です。仮にルペン氏が大統領になれば、フランスもEU脱退をする可能性があるのかもしれません。

 フランスは移民社会であり、差別が根強いとも聞きます。

 差別というよりは、それは、それぞれの国への区別ではないでしょうか。また、どの国にルーツを持つかによって、外国人移民の中でもよいイメージとそうでないイメージがあると思います。たとえば、インド系移民への区別はあると思います。インド系の方々へのもともとのイメージがよくないのか、街中を一緒に歩いていても、アジア人の私を見る目と彼らを見る目だと少し違う気がします。

 昔から、白人はまず行かない地区があります。たとえば、18、19、20区などは、よっぽど行きたいジャズクラブがあるなどの理由がなければまず行きません。治安も悪いですが、そこに用事がないんですね。行く必要がないから行かない。日本ではそうした街はあまりないと思いますが、パリの中ではそれがはっきりと分かれています。

 そこには黒人もいますが、アラブ系移民のほうが多い印象です。パリにもそうした地区はありますが、それが顕著になっているがパリの郊外です。かつてフランス郊外の移民問題を描いた映画が日本でも放映されましたが、そこで描かれていることは象徴的だと思いました。

 パリの郊外には海外から出稼ぎで来た人がいて、彼らがいわゆる3K仕事をやっていました。フランス人にとっても自分たちがやりたくない仕事をやってくれるので助かりますし、出稼ぎで来た人も国に仕送りができるから助かる。当初は、お互いによい関係を築いていました。

 当時、外国人労働者たちも、フランス人同様、家を買って住もうとしますが、パリ市内は高価なため電車で30分~1時間のところに購入しました。その地区では、低所得者層のフランス人も家を買っていました。それも最初はよかったようです。

 しかし10年、20年と経つなかで、フランス人より外国人移民が多くなると、フランス人のほうが少数派になって居心地が悪くなってしまい、徐々に引っ越してしまう。そうして外国人移民が中心の街になっていったのだと思います。結果、履歴書にそこの住所を書くだけで、「おや?」と思われてしまう。そうして、その街出身者の失業率が少しずつ高くなり、仕事がないので街の空気も淀み、治安も悪くなっていく。この現象がフランス郊外のあちこちで見られます。

 出身地などの情報がない場合は、どのように判断されますか。

 国籍や人種が入り混じっているので、ふつうに生活するうえではその人がどんな人かを判断する材料がないのだと思います。そのため住んでいる場所や名前の他には、フランス語を話せるかどうか、そして服装です。

 私はいつもスーツを着ているため、知識階級だと判断されるのか、違和感を覚えるような扱いはほとんどされません。一方、子どもと遊んだりするときはジーンズですが、見られ方は多少変わる気がしています。スーツを着ている時のほうが少しだけいい対応をされます。「Bonjour Monsieur」、英語で言えば「Hello, Mr.」と必ず言われますから。

 ただ、労働者階級の人たちが不幸だという見方は一面的すぎると感じます。彼らは、仕事以外で生きる喜びをたくさん知っています。友人と過ごす時間だったり、仕事を終えた後に行きつけのカフェで日が沈むまでお喋りをしたり。フランスは年間5週間のバカンスがありますので、今年はどこに出かけようかといった、たわいもない話で何時間もお喋りをしています。休日には噴水のある公園などで日光浴をし、燦々と太陽を浴びてのんびりすることや、家族と過ごす穏やかな休日を楽しむ。

 また、パリは外国人だらけの街なので、多様な文化や価値観があります。イスラムの人たちが通う肉屋さんや、ユダヤスーパー、アジア人が多く買い物をするアジアスーパーなど多岐にわたります。外国人移民とひとくくりに言っても多種多様な文化がそこにはあり、そして単純な社会的地位や所得だけではない価値観が、フランスの深い文化をつくっているのではないでしょうか。

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