ネットフリックスの元最高人事責任者は、
ベンチャーの従業員特典に警鐘を鳴らす

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シリコンバレーで潤沢な投資マネーを手にした一部のスタートアップ界隈では、従業員特典の過熱化が見られるという。元ネットフリックスの経営幹部が、その意義と効果に疑問を唱える。


 数年前、サンフランシスコ・ベイエリアのあるスタートアップを訪れたときのことだ。ロビーで受付の女性が私に挨拶し、「何かお飲みになりますか」と、ごく普通の質問をする。水を頼んだところ、女性は逆にこう提案してきた。「本日、オークの香り高いシャルドネがございます」

 ランチタイムは終わったばかりだ。少なくとも私にとって、ワインにはまだ少し早い時間だと思われた。いぶかしげな顔を向ける私に、なんとその“ソムリエ”はこう続けたのである。「毎日、午後3時にはバーテンダーも参ります。とっておきのモヒートをつくりますよ」

 ロビーを抜けCEOの部屋に入った私は、毎日酒を振る舞うことについて尋ねてみた。するとCEOは、優れた人材を獲得するのがいかに困難かを話し始めた。設立間もない企業にとって、給料とストックオプションを奮発するだけでは不十分だと言う。そのため、「そこまでするのか」と思われるような特典の提供が広く行われるようになった。午後にカクテルが飲めれば誰だって嬉しいし、競合他社があまりやっていないことだから、と言うのである。このCEOにとっては、理にかなったことなのだ。

 さまざまなスタートアップを訪れると同じような声をよく耳にするが、その気持ちは基本的には理解できる。私は以前、ネットフリックスで最高人事責任者を14年間つとめ、革新的な人材管理方針の開発を支援してきた。無制限休暇などを含むそれらの方針は、その後、他社にも広く採用されるようになった(ネットフリックスの企業文化の形成については、HBRの拙著論文「シリコンバレーを魅了したネットフリックスの人材管理」を参照されたい)。

 私は、2013年にネットフリックスを退社後は、コンサルタントとして企業を支援してきた。その対象はスタートアップに加え、起業段階を超えて成長を遂げた企業(眼鏡のワービーパーカー、髭剃りのハリーズ、マーケティングソフトのハブスポットなど)も含まれる。したがって、競争の激しい市場において、一流の技術系人材の獲得(および維持)がいかに難しいかはよく承知している。

 多くの若い企業を訪問するなかでは、考えられるありとあらゆる従業員特典を目にしてきた。キックボード、職場への愛犬同伴、社内バリスタ、無償の軽食とランチ、などはありきたりだ。ヨガ講座、マッサージ、鍼治療、無料のウーバーのアカウント……きりがないので、もうやめておこう。

 こうしたサービスは、最初は善意のもとに始まることが多い。スタートアップでは相当な重労働と長時間勤務を余儀なくされる。そこで、グーグルのような企業はいち早く気づいた。どこでランチを食べるか、ドライクリーニングに出した衣類をいつ引き取るかについて悩む時間が減れば、従業員と会社の双方にメリットがある。

 しかし、こうしたサービス合戦は、やや行き過ぎになる場合もあるようだ。午後に昼寝をすれば生産性が高まるという、科学的証拠はたしかにある。仮眠室を設けている企業が喜ばれるのも理解できる。ただ、私が最近訪れたあるスタートアップは、昼寝用の個室ではなく、ロビーのすぐ隣にハンモックをいくつか吊して、従業員がそれに揺られながら仮眠できるようにしていた。

 本当にそれでいいのだろうか? 会社の玄関を入った訪問者が最初に目にするのは、勤務中に従業員が寝ている姿だ。それが周囲に示したいメッセージだろうか?

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