いま、リーダーシップより
「コミュニティシップ」が重要である

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ヘンリー・ミンツバーグ教授が、「デジタル時代の経営における人間性の大切さ」をテーマに寄稿。ソーシャルネットワーク全盛の影で失われゆく、「コミュニティ意識」の重要性を説く。


 ネットワークとコミュニティの違いを知りたければ、フェイスブックの「友達」に家のペンキ塗りを手伝ってほしいと頼んでみるとよい。

 ソーシャルメディアは確かに、オンラインの向こう側にいる誰とでもつなげてくれるし、驚くべき勢いでソーシャルネットワークを広げてくれる。しかしそれは、もっと濃密な人間関係を犠牲にすることで成り立っている。フェイスブックやインスタグラム経由で友達の近況を把握している気持ちになる分、実際に電話をすることは減り、会う機会はもっと減るかもしれない。

 ネットワークは人をつなぐためのもの、コミュニティはメンバーをケアするためのものである。

 批評家でメディア理論家のマーシャル・マクルーハンは、新しい情報技術によって創造される「グローバル・ビレッジ(地球村)」という概念を提唱したことで知られる。この「村」は、いったいどんな場所だろうか。

 従来の村では、地元の市場で顔見知り同士が井戸端会議に興じ、そうした行為はコミュニティの核を成すものであった。誰かの納屋が火事で焼けたら、近隣の皆が総出で立て直しを手伝っただろう。では、グローバル・ビレッジでのクラウドファンディングはそれと同じだろうか。インターネット上の疑似恋愛のように、グローバル・ビレッジにおけるコミュニケーションは相手と直接触れ合うことがなく、実体を伴わない。

『ニューヨーク・タイムズ』紙コラムニストのアナンダ・ギリダラダスによれば、100年か200年前、「コミュニティ」という言葉には次のようなニュアンスが含まれていた。「特定の地域における特定の人々のグループ。メンバーは互いを知っていて、互いに評価し、見守り合う。習慣と歴史と記憶を共有し、時には一部のメンバーのために全体で行動しようと決意できる」(英語記事)

 かたや現代社会では、実際にはネットワークにすぎないものでもコミュニティと呼ばれている。たとえば「ビジネス・コミュニティ」のように、「共通の利害はあるが、価値観や歴史、記憶は共有しない人々」にも使われるようになった。

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