脳は味覚より視覚の情報を優先する
「クロスモダリティ効果」とは何か

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従来のマーケティングリサーチでは、消費者にアンケートやインタビューをすることでその嗜好を探り、それを製品・サービスに活かすのが一般的であった。だが、消費者は本当に自分のことを正しく認識しているのであろうか。さまざまな実験により、彼らが言語化したニーズは思い込みである可能性も高いことがわかってきた。真のニーズを探りビジネスで成功を収めるためには、潜在意識、つまり脳を知ることが重要である。NTTデータ経営研究所ニューロイノベーションユニット長を務めるなど、ニューロマーケティングの最先端を知る萩原一平氏が、ビジネスと脳の関係を解き明かす。連載第4回。
 

なぜ、居酒屋の暖簾をくぐってしまうのか

 焼き鳥屋さんや鰻屋さんの前を通り過ぎるとき、炭火で鶏肉や鰻を焼いている煙と匂いで、思わずお店に入ってしまった経験はないだろうか。

 このとき、脳の中では何が起きているのか。まず、「煙」という視覚情報と「匂い」という嗅覚情報が身体外の環境の変化として脳に伝達されている。また、お腹の中が空っぽという身体内の変化に関する情報も同時に伝達されている。このようなさまざまな情報から、脳がお店に入るという意思決定をして、脚を動かし歩き始めた結果、あなたは暖簾をくぐっている。暖簾をくぐる時点では、食べるときのイメージができ上がっているとも言える。

 脳は、身体内外の環境情報を休むことなくモニタリングしている。環境変化に応じて何をすべきかを即座に判断して、行動に移すよう指令を出し、筋肉が動き行動になる。そして、この一連の動きは無意識のうちに行われる。このように、センサーからの入力情報に応じた意思決定と、アクチュエータである筋肉への行動指令の連続が脳の仕事なのである。

 インプット情報があり、その情報に基づいて身体を動かす流れはロボットと同じだが、人間は、ロボットとは比較にならないほど無数に埋め込まれているセンサーからの情報を活用し、その数600とも言われる非常に多くの筋肉を自由自在に制御して動かしている。また即座にそれを行なうために、脳は必ずしも入力情報を客観的に扱っているわけではない。脳に埋め込まれている本能や過去の経験、知識を活用して情報の取捨選択を行なっているのである。

トップダウン処理とボトムアップ処理

 脳の情報処理機構には、ボトムアップ処理とトップダウン処理の二つがある。

萩原一平(はぎわら・いっぺい)
NTTデータ経営研究所情報未来研究センター長、ニューロイノベーションユニット長、デジタルコグニティブサイエンスセンター長、研究理事・エグゼクティブコンサルタント
早稲田大学理工学部電気工学科卒業。プリンストン大学大学院電気工学・コンピュータサイエンス(MSE)修了。電機メーカー、シンクタンク勤務を経て、1997年より現職。脳科学、ライフサイエンス、地域経営、環境などの分野でマネジメントや新事業に関するコンサルティングを中心に活動。著書に『ビジネスに活かす脳科学』『脳科学がビジネスを変える』(以上、日本経済新聞出版社)がある。

 ボトムアップ処理とは、末梢の感覚器官からの情報が脳に伝達され、その情報に基づいて脳が反応するプロセスである。たとえば、直径10センチ程度の球体で、色にむらはあるが赤い物体が目の前にあるとしよう。すると「直径10センチ」「球体」「赤い」などの情報が、視覚センサーを通して外部から入ってくる。そして、脳の中で形や色などの情報処理が行なわれる。

 一方、トップダウン処理とは、感覚器官というセンサーを通して入ってくる情報を、脳の中にある本能や記憶と瞬間的に比較して判断を行ない、新たな情報をつくり出すことである。たとえば「球体」「赤い」という情報を基に、それがボールなのか、リンゴなのかを判断するのである。脳の中にボールのイメージ、リンゴのイメージが記憶されていれば、多少形が変わっていようが、色が異なっていようが、常にリンゴはリンゴだとわかる。

 ボトムアップ処理とトップダウン処理による外部からの入力情報の処理と、その結果としての認知までのプロセスを「脳の認知活動」という。この認知のプロセスにおけるほとんどの情報は、脳内部、すなわちトップダウン処理からの情報であり、感覚器官を通して得られる情報は非常に少ないと言われている。たとえば視覚の場合、外からの情報に脳が反応するのは数%にすぎず、ほとんどは脳の中でつくり出している情報だという。

 この事実は、脳の中にある情報が異なれば、外部から同じ情報が入っても異なる認知になることを示している。トップダウン処理のもとになる情報が、人によって、性別によって、年齢によって、人種によって異なるとすれば、当然、認知結果も異なることは容易に推測できるだろう。

 たとえば色についても、文化によって異なる見え方をすることがある。日本では「七色の虹」というが、人種によってその色数は異なるという(もちろん、光学的には五色でも七色でもなく、赤から紫までの連続的な光のスペクトラムだが)。視覚のみならず、聴覚、嗅覚、味覚、触覚などの五感を中心に、さまざまな感覚器官からの情報が脳に入ってくるが、これらの情報に関連して脳に蓄積されている情報も人種や文化によって異なる。

 ただ、特定の環境条件や文化の中に長くいて慣れることにより、脳の中の情報が書き換えられて変化することはある。また、脳内での情報の書き換えはすべて無意識に、ときに極めて短時間で行われることもある。

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