「認識論的シンギュラリティ」に到達するか、
「シンギュラリティの悪魔」を呼び出すのか

昨今、人工知能という言葉をよく耳にするようになったが、最新のテクノロジーをビジネスにつなげるためには越えなければならないハードルがある。科学界と経済界双方のニーズを満たし、新たなビジネスを生み出すためにはどうすればよいのか。Recruit Institute of Technology 推進室の室長を務める石山洸氏が語る。連載最終回。

人類と人工知能の共進化とは

 本連載の最終回は「人類と人工知能の共進化」をテーマとしたい。それを検討するにあたって、人類とコンピュータの歴史を振り返ってみよう。

石山 洸(いしやま・こう)
Recruit Institute of Technology 推進室 室長
2006年、東京工業大学大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻修士課程修了し、リクルート入社。インターネットマーケティング室などを経て、全社横断組織で数々のWebサービスの強化を担い、新規事業提案制度での提案を契機に新会社を設立。事業を3年で成長フェーズにのせバイアウトした経験を経て、2014年、リクルートホールディングスのメディアテクノロジーラボ所長に就任。2015年より現職。

 まず、忘れてはならないのがムーアの法則だ。誤解を恐れず大雑把に言うと、これはコンピュータの性能が指数関数的に向上していくという理論である。AIの分野で、レイ・カーツワイルが提唱している「シンギュラリティ」(技術的特異点)関連の理論は、このムーアの法則を一般化したものとして知られている。

 コンピュータの歴史は、ムーアの法則に導かれ、性能の向上とともにコンピュータが“スーパー”コンピュータになることで終わりを迎える予定だった。しかし、そこに人類が登場したことで歴史が変わった。それが“パーソナル”コンピュータの誕生だ。マウス、GUI(グラフィカルユーザインタフェース)、オブジェクト指向プログラミングなどの機能が付け加えられ、研究者だけでなく、誰もが使えるコンピュータへと別の進化を遂げた(パーソナルコンピュータの延長線上として、現在ではスマートフォンも普及している)。

 スーパーコンピュータ市場とパーソナルコンピュータ市場を比較してみると、後者の市場が圧倒的に大きい。すなわち、「スーパー vs. パーソナル」の戦いはパーソナルに軍配が上がったと言える。これがコンピュータの歴史に人類が介在した結果なのである。

 では、この考えをAIの未来に当てはめると、どんなことが言えるだろうか。

 ここでは技術と人類によって成り立つ世界を、非常にシンプルな Y=F(X)というモデルで考えてみたい。自然科学的な法則に従う世界Xがあり、それを人がどう認識するかという関数Fがあり、真の世界Yができるというモデルである。

 一般的には、Xをサイエンスやエンジニアリングでコントロールし、Fをアートやデザインでコントロールしているとも言える。先の「スーパー vs. パーソナル」の事例では、Xが進化してコンピュータがスーパーコンピュータになるだけの歴史だった。さらに、これにFも含めた進化によってパーソナルコンピュータが誕生した。

 これをAIの未来に置き換えて考えると、どうだろうか。

 XをAIの性能、Fを人がAIをどう活用するかの関数としたとき、Y=F(X)で人とAIが生み出す社会の性能Yが決定されるとする。さらにムーアの法則によって、時間の経過とともに、AIの性能が指数関数的に増加する現象を「存在論的シンギュラリティ」と呼び、この状況下でY自体も増加する関数F*を「認識論的シンギュラリティ」とする。また、Xの増加にともない、Yが減少するような関数F’を「シンギュラリティの悪魔」と呼ぶ。

 すなわち、認識論的シンギュラリティに到達した状況下では、AIの性能の向上とともに社会の性能も向上し、人類とAIの共進化を実現するのに対し、シンギュラリティの悪魔が呼び起こされた状況下では、AIの性能は向上するが、社会の性能は低下してしまうという図式である。

 この式において、AIの未来が認識論的シンギュラリティへと到達できるのか、あるいは、シンンギュラリティの悪魔を呼び出してしまうのかは、まさに人類によるFの進化が決め手となる。

 最後に、Fの進化による認識論的シンギュラリティをイメージしながら、これまでのポイントを総括したい。

第1回の前半では、ミクロ経済とマクロ経済の両方において、また、経済界と科学界の両方において各主体がWin-Winの関係になるようなフレームを提示した。また、最終的なWin-Winのフレームに至るまでには特定主体の所得が減少するようなAIの負の側面も垣間見えた。AIを導入することで最終的にマクロ経済全体で見てWin-Winの関係となるかどうかは、やはりFの進化が必要と言える。

 また、第1回の後半で示した「人工知能”劇場” 脚本執筆のためのフレームワーク」では、競争環境において優位となる戦略の構築だけでなく、自社がAIによって貢献できるユニークな社会的価値をいかにつくるかという点を解説した。また、社会的価値なくしてはレーズンパン人材の獲得が困難であり、人材獲得と社会的価値が表裏一体の構造が存在している。まさに、Xを牽引する人材がFによって導かれる、認識論的シンギュラリティの構造を表していると言える。

第2回では、みずからスタートアップすることで、AIを通じて社会的価値を生み出すことに成功した研究者たちについて解説した。AI教育のためのテキストの普及や学部・研究科の設置、さらにはオンライン教育やデータサイエンスコミュニティーの構築、また、大学教授自身が起業することで得られるアントレプレナーシップの再生産により、最新の専門知識とデータ、そしてアントレプレナーシップをシェアし合う、現在のAI“教育”である。AIのアルゴリズムが進化するのと同時に、それを活用する教育自体も進化している点は、まさに人類と人工知能の共進化と言える。

 そして、第3回の最後では、“Machine Learning as a Service”について言及した。今後、多くのAI関連技術はSaaS化やAPI化が進み、いま人類がコンピュータをパーソナルコンピュータとして扱えるのと同様、誰もがAI関連技術をより簡易に活用できるようになるであろう。

 このように、人類と人工知能による共進化はすでに始まっている。そして、認識論的シンギュラリティへ向かって人類のFは進化し続けるのである。

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