資本主義はいま、みずからを傷つけている
“近代マーケティングの父”からの警鐘

――フィリップ・コトラー

フィリップ・コトラーによる最新作のテーマは「資本主義」だった。“近代マーケティングの父”と称されるマーケティング学者が、なぜ資本主義を論じるのか。そして、コトラーはこれからの企業に何を求めているのか。『資本主義に希望はある』(ダイヤモンド社)の日本版出版を記念して、編集部が単独インタビューを実施した。前後編の全2回。(写真/引地信彦)
 

“近代マーケティングの父”が資本主義を論じる

――最新作『資本主義に希望はある』では、タイトルの通り資本主義をテーマに掲げています。コトラー先生はマーケティングの専門家としてのイメージが強く、これには意外な印象を受けました。

フィリップ・コトラー(以下略) みなさんは私をマーケティングの専門家だと思っているかもしれませんが、私は米国でも著名なシカゴ大学とマサチューセッツ工科大学(MIT)という二つの大学で経済学の博士号を取りました。単に著名な大学というだけではなく、私が師事したのは、ミルトン・フリードマン、ポール・サミュエルソン、ロバート・ソローという3人のノーベル経済学賞受賞者です。私はこれまで常に、経済学者として市場のさまざまな側面を検討してきました。この本ではマーケティングの観点から資本主義という経済理論を包括的に扱っており、その問題意識は一貫しています。

――なぜ、このタイミングで資本主義について議論する必要があると考えたのでしょうか?

フィリップ・ コトラー(Philip Kotler)
ノースウェスタン大学 ケロッグ・スクール・オブ・マネジメント 教授
1931年生まれ。シカゴ大学で経済学修士号、マサチューセッツ工科大学(MIT)で経済学博士号を取得した後、ハーバード大学で数学、シカゴ大学で行動科学を研究。シカゴ大学でミルトン・フリードマン、MITではポール・サミュエルソンとロバート・ソローという、3人のノーベル経済学賞受賞者に師事した。『ハーバード・ビジネス・レビュー』『MITスローン・マネジメント・レビュー』などの学術誌に100を超える論文を寄稿し、『ジャーナル・オブ・マーケティング』誌の年間最優秀論文に贈られる「アルファ・カッパ・サイ財団賞」を3度受賞。ゼネラル・エレクトリック(GE)、IBM、メルク、AT&T、ソニー、バンク・オブ・アメリカ、モトローラ、フォードなど、世界中の企業でコンサルティング活動を行っている。最新刊に『資本主義に希望はある』(ダイヤモンド社)がある。

 資本主義がみずからを傷つけている、そうしたサイクルにあるのではないかと考えたからです。いま、あまりに膨大な富が限られた人たちだけに集中しています。本来、生産性が高まることで労働者、サプライヤー、ディストリビューターなどのコミュニティ全員にその富を配分されなければなりません。しかし現実には、CEOの報酬や資本家の価値は上がっているものの、中間層の規模そのものが縮小していることと相まって、労働者の平均賃金は1980年代とほとんど変わっていないのです。

 資本主義は、市場に製品やサービスを提供することで存続してきました。しかし、消費者がそれを買うことができない、あるいはクレジットカードやローンを利用して借金してでも買わなければならない状態であれば、それは資本主義そのものが傷ついていることを意味します。また、消費者側が借金をしたお金を返せなくなることでちょっとした景気後退期に入り、そのまま大恐慌のような状態に突入することも問題でしょう。

 健全な資本主義とは、常に需要と供給のバランスが取れている必要がありますが、いまはそれがうまく機能していません。マーケティングは、「買え、買え」と消費者を喚起しますが、子どもを大学に通わせるにも、住宅を買うにも、車を買うにも借金する必要があるならば、資本主義自体が崩壊する可能性があります。なかには、とても苦しい立場に置かれた人たちが資本家に大反乱を起こすのではないか、と言う人すらいるのが資本主義社会の現状なのです。

――その現状を改善するために、企業は何をすべきだとお考えですか?

 これまでもこれからも、企業は経済の要となる存在です。そこに変化はありません。先ほども申し上げた通り、問題の一つは、CEOの報酬がどんどんと上がってきていることです。かつては労働者平均の20倍から40倍程度でしたが、いまでは200倍から300倍にまで膨れ上がっています。CEOのみならず、バイスプレジデントなど経営陣全体の報酬が上がっているため、そのコストは膨大になりました。

 そうした企業が、新規市場において、CEOの報酬がそこまで高額でない企業と競争しなければならない。すると結局は、とにかくいまのシェアを拡大するという方向に向かいます。まずは、経営陣に対して報酬の適正化を図る必要があります。より安価な給料でも同程度の仕事をこなしてくれる人がいるのではないか、といったことも考えなければならないでしょう。

 また、これまでの企業は株主のことばかり考えて、それ以外のステイクホルダーを無視してきたと思います。米国のビジネススクールは、間違ったことを教えてきたと認めなければいけません。ビジネススクールでは、企業の収益性を最大化しろ、そのためには従業員、サプライヤー、ディストリビューターにはできるだけ支払いを少なくしろと教えています。しかし質の高い従業員、サプライヤー、ディストリビューターにさらなる報酬を支払えば、製品もビジネスもよくなるのが現実なのです。だからこそ、日本企業は株主中心ではなくて、あらゆるステイクホルダーとの関係構築により力を入れてほしいと考えています。

 そのために企業は、マーケティング理論をより経営に取り込んでいく必要があります。マーケティングとは極めて戦略的なものであり、どの市場でどの製品を投入すべきなのか、その時の価格帯は、流通はどうするかを、包括的に考えるべきものです。しかし、現在のマーケターはトップの経営陣の中で意思決定をしておらず、「この製品をもっと魅力的なものに」「広告をうまくやれ」「コピーを洗練しろ」と、コミュニケーションばかりに目を向けています。それではマーケティングの本来の力が失われるのは当然でしょう。

 私は、CFOやCOO、CIO(チーフイノベーションオフィサー)と同じくらいCMOを生み出し、彼らを上級経営陣の中に入れることを提案します。そして製品をつくるときには、売り方だけではなく初期段階から関わらせるべきです。財務のことばかりをやるのは、マーケティングではありません。

 後編更新は12月11日(金)を予定

 

【書籍のご案内】

『資本主義に希望はある』
フィリップ・コトラー 著/倉田幸信 訳/高岡浩三 解説
歴史を振り返っても、資本主義以上に優れたシステムは見当たらない。ただし、もちろん完璧ではない。貧困、格差、搾取、機械化と雇用などの課題と向き合う必要がある。“近代マーケティングの父”と称される経営学者であり、3人のノーベル賞受賞者に師事したフィリップ・コトラーが描く、資本主義の未来図とは。

ご購入はこちら
Amazon.co.jp 紀伊國屋書店BookWeb 楽天ブックス

 

無料プレゼント中! ポーター/ドラッカー/クリステンセン 厳選論文PDF
Special Topics PR
今月のDIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー
最新号のご案内
定期購読
論文オンラインサービス
  • facebook
  • Twitter
  • RSS
DHBR Access Ranking