パリ同時多発テロに寄せて──
いま我々に必要なのはフェローシップである

1

惨事が繰り広げられた11月13日のパリ。同時多発テロを受けた後の世界(After Paris)、我々は何をすべきか。フランスの世界的ビジネススクールINSEADの准教授が、緊急提言する。

 

 マシンガンの音が窓の外から突然聞こえてきたのは、大学に入学して最初の試験を受けるために廊下で待機していた時だ。私はクラスメートと窓際にかけ寄った。殺人者たちが逃げる姿が見えた。通りがかった人々が、犠牲者の乗った車を取り囲んで右往左往していた。

 警察が現場に到着した時には、すでに私たちは静かに机に向かって試験を受けていた。その時の自分を振り返って覚えているのは“ここから外に出たい”という気持ちだけだ。教室からではなく、シシリアから外に出たい、ということだ。銃撃事件の現場に遭遇してゾッとはしたが、私が生まれ育った場所でこの種の事件は珍しくなかった。その年の夏、今度は爆弾事件が起き、政府は軍隊を派遣したものだ。

 中産階級のティーンエイジャーだった私は、「安全ではない」という感覚こそ常に持ってはいたが、自分が標的になると考えたことはなかった。犯罪者に殺されたのは同じ犯罪者であり、真面目に仕事に取り組む事業家や裁判官、警察官だった。それでも学校に通ったり、夜遊びに出かけたり、ビーチに繰り出すのは、一種「負けてたまるか」という挑戦的で大胆な行為からだったのかもしれない。当時の友人のなかには、勇敢にも「裁判官になる」と決意する者もいた。私にはとてもそんな勇気はなく、ただシシリアから出て行く日を待ち続けるだけだった。

 その頃の私が夢見ていた生活は、サッカー観戦やコンサート会場に出かけたり、遅くまで夜遊びするといった自由気ままな行動をしても、不安を感じたり「市民による抗議行動」と思われるリスクを感じたりしないで済む場所で暮らすことだった。例えばパリのような──。

 幸運なことに私は、その美しい都市の隣町に住み、仕事を得て、子供を育ててもう十年になる。パリ同時多発テロが起きた時、私は家族とともに自宅で睡眠中だった。翌朝、目覚めてすぐに旧友からの「大丈夫?」という安否を気遣うメールやメッセージを目にして、ショックを受けると同時になんだか現実とは思えない気も少しした。ありがたいことに我々は安全だ。──いや、本当のところ、安全なのだろうか?

 今朝、7歳の我が子に次のように聞かれて私は言葉に詰まった。私の両親ならなんと答えただろう。「なんでみんなが銃で撃たれたの? ここでも戦争が起きてるの?」──。すべての親がそうするように、私も子供たちにこう言い聞かせた。「心配いらない。私たちは安全だよ。何も問題はない」。明らかに嘘と知りつつこのセリフを言わねばならない機会はめったにない。それだけでもまだ非常に幸運だと言える。

次のページ  これは富や権力への攻撃ではなく、フランスの理想への攻撃である»
1
無料プレゼント中! ポーター/ドラッカー/クリステンセン 厳選論文PDF
Special Topics PR
今月のDIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー
最新号のご案内
定期購読
論文オンラインサービス
  • facebook
  • Twitter
  • RSS
DHBR Access Ranking