お客様は常に高級なサービスを求めているわけではない

——全日本空輸代表取締役社長・篠辺修

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2015年10月13日・14日、“マーケティングの神様”と称されるフィリップ・コトラー氏が中心となり、「ワールド・マーケティング・サミット・ジャパン 2015」が東京で開催される。サミットを裏から支えるのが全日本空輸(ANA)である。整備部門出身者として初の社長に就任した篠辺修氏は、さらなる成長に向けていかなる戦略を実行しているのか。インタビュー後編。(構成/加藤年男、写真/引地信彦)
 

最低限の水準さえ満たせば、
あとは個人の裁量に任せる

前回、篠辺さんは思想を持つことの重要性を語られていました。現在のANAの “設計思想”を言葉にすると、どのような表現になるのでしょうか。

篠辺修(以下略) 私は、ANAホールディングスの中のエアラインの社長ですが、ANAというブランドをどう成長・発展させるかについては、私個人の思想ではなく受け継いできたものです。

 ANAの設計思想を平たく言えば、いつでもどこへでも行ける便利なネットワークと、それを支えるオペレーションの品質を高めること。さらに、お客様により快適に過ごしていただけるよう、切れ目のないサービスを提供することです。「ANAグループは、お客様満足と価値創造で世界のリーディングエアライングループを目指します」という言葉に集約していますが、ここを磨き上げればANAは成長できるし、生き残ることができると思っています。

 そうしたビジョンや経営理念、行動指針を社員と共有するために、「ANA’s Way」という、社員の行動の根幹となるものを冊子にしました。そこには、私どもが目指す文化と言えるものが書いてあります。もちろん英訳もして、海外での現地採用の社員にもしっかりと配布しています。

 ルールやマナーは、国によって異なるものです。また、我々は外国からのお客様にも対応しなければならないので、日本人スタッフには諸外国のお客様が持つ文化に関する教育もしています。ただし、どのような文化の国で働いていようとも、「ANA ‘s Way」で示した見方、考え方は共通です。

 社会への責任も含め、自分たちがどのような遺伝子を持ち、どう仕事をしていくべきか。その一方で、多様な個性こそがANAグループの強さであることも明記しています。

個性の発揮が重要である一方で、組織が大きくなると、ある程度の均質化が求められる部分もあります。特にサービス面において、個性の発揮と均質化すること、両者のバランスをいかに実現すべきなのでしょうか。

 サービスの原点は、お客様側に立つことです。いま、お客様が予約するところからの動線を可視化、つまり顧客体験の工程を分解して、我々がそれぞれの場面で提供しているサービスとお客様の評価を見比べています。最終的には、お客様からの評価を向上させることが目的です。

 お客様は、空港でも、機内でも、ANAという単位で認識されています。ただ、大企業病に冒された組織の理論はそうではない。「それについては○○空港に到着してから係員にお尋ねください」などとなりがちですが、「何言ってるんだ、同じANAだろう」と思われるのは当然です。そのため現在の中期経営計画では、どこであってもANAが提供するサービスとして最低限の基準を満たせるよう目指しています。これは均質化ですね。

篠辺 修(しのべ・おさむ)
全日本空輸代表取締役社長
1976年、早稲田大学理工学部卒業。同年、全日本空輸に入社して整備本部に配属される。その後、2003年整備本部技術部長、2007年ボーイング787導入プロジェクト長、2008年整備本部長、2012年副社長などを経て、2013年4月より現職。

 その一方で、個性を発揮してもらうために、褒めることから始めています。昔からグッドジョブカードを導入していて、お客様から褒めていただいた社員を表彰してきましたが、社員同士でもそれをやって組織の垣根を低くしようと思っています。

 特に安全面については、上司に対してものが言えないといった権威勾配が、場合によっては命取りになります。そのため、安全に関しては誰が何をいってもいい、結果的に間違いであっても構わないという仕組みをつくりました。それによって、安全が守られたのであれば大いに褒めて表彰しています。

 新しいことをやるにはお金が足りないと言う社員もいますが、多くの場合、それはできなかったときの方便にすぎません。実際、お客様からお褒めの言葉をいただけたサービスは、たいていは、係員同士がよく連携してくれたことから生まれたものです。

 たとえば、出発した空港で乗り継ぎトラブルがあり、お客様に大変なご迷惑をかけたとします。そのときは臨時便を出すなどで対応したとしても、到着先の係員がそのことを知らず、何のお詫びもなければお客様は腹を立てて当然でしょう。お客様の立場に立って、出発地で起きたことは到着先でもよく理解しておくことが必要なのです。

 そのためには、可能な限り情報の共有化を図ることが必要であり、上司・部下の垣根を超えたコミュニケーションがなければそれはできません。そのうえで、良いことは個人の判断でどんどんやってもらう。特にここ数年、空港カウンターを含めた現場の社員には「ANA’s Magic」を実行させています。お客様をあっと驚かせる、お客様の期待を超えたサービスを目指してほしい。そこにはマニュアルなんてありません。

 お客様がたまたまその日に誕生日だとわかれば、機内で即席のケーキを差し上げることもあります。お客様に誕生日をお尋ねしているわけでもありませんし、いつもできることではありませんが、それは機内の裁量でやっています。また、お客様からは言いづらいこともあるでしょうから、接続などで少し不安そうな方がいればこちらから声をかけるよう指示しています。

 多様な個性を発揮するとは、要するに、一人ひとりができることをやればいいじゃないかということです。それがサービス全体の価値を高め、ANAの強さにつながるのです。

あるフライトで高水準のサービスを経験したお客様が、別の機会でANAの飛行機に乗って同じサービスを受けられないと、そこでクレームが発生するリスクも高まります。その点はどうお考えですか。

 私は、そんなことは考えなくてもいいと言っています。頭のいい人が集まった組織ほど、後先のリスクを計算してやらなくなってしまうと思います。みんなが同じような気持ちになれば、中身は違うかもしれませんが、それなりのことはできるものです。少なくとも、やらないことによる均質化を良しとはしていません。

 良いことについては凸凹があっても構わないと思います。特に、サービスについてはそうです。決めたレベルは絶対に下回ってはいけませんが、上回るのはそれぞれの得意技でやればいい。できないことをやれと言っているのではなくて、あなたのできることをやろうよということです。それを我々の文化にしたいのです。

 そもそも、日本のおもてなしとはそういったものではないでしょうか。お客様から要求される前に、涼しい顔をしながら「どうぞ」と差し出せる気配り。それが日本流のサービスだと思っています。

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