リスクがなく凡庸な100点の仕事より、
30点でも夢のある挑戦が会社を成長させる

——全日本空輸代表取締役社長・篠辺修

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2015年10月13日・14日、“マーケティングの神様”と称されるフィリップ・コトラー氏が中心となり、「ワールド・マーケティング・サミット・ジャパン 2015」が東京で開催される。そのサミットを裏から支えるのが全日本空輸(ANA)である。整備部門出身者として初の社長に就任した篠辺修氏は、さらなる成長に向けていかなる戦略を実行しているのか。インタビューは全2回。(構成/加藤年男、写真/引地信彦)
 

思想がなければ決断は下せない

篠辺さんは全日本空輸(ANA)で初めて、整備部門出身の社長に就任されたと聞いています。経営者という立場に立たれてから、現場の経験はどのように活かされているのでしょうか。

篠辺修(以下略) 私は、1976年に技術系総合職で入社し、最初は油圧関係の装備品のオーバーホールを担当しました。その後、飛行機のシステムに関わる技術的な改修計画など、整備点検のルールを修正する仕事に就き、飛行機の設計思想を学びました。いま思えば、その経験は大きかったと思います。

 昨年、リタイヤしたボーイング747-400の運航がスタートしたとき、シアトルに世界の大手エアラインの技術者が集まって、セクションごとに議論して整備の要件を詰めたことがあります。そのとき、飛行機がどのような設計思想でできているのか、同じB747でも、それ以前のタイプとどこがどう違うのかを理解できました。たとえ見かけは同じでも、その中身はずいぶん違うということを教えられたのです。

 設計思想を知ることは、技術者にとって大切なことです。たとえば、飛行機の部品が故障して交換部品が到着するまで72時間かかるというとき、いち早く飛ばすには知恵を絞って、処置をしなければなりません。もちろん、安全が最優先であるため、一定以上の条件が求められますが、それが整備で言うテンポラリーなリペアです。当たり前ですが、こうした仕事は、その飛行機の設計思想がわかっているほうがうまくできます。

 我々は、飛行機が飛べずお客様にご迷惑をおかけすることは許されません。そのため、最終的にはマニュアル通りの恒久修理をするとしても、いかに次のフライトを安全かつ予定通りに実現することが大事なのです。安全が保証されたテンポラリーなリペアは、設計思想を知っていればこその対応です。

篠辺 修(しのべ・おさむ)
全日本空輸代表取締役社長
1976年、早稲田大学理工学部卒業。同年、全日本空輸に入社して整備本部に配属される。その後、2003年整備本部技術部長、2007年ボーイング787導入プロジェクト長、2008年整備本部長、2012年副社長などを経て、2013年4月より現職。

 また、規制緩和が叫ばれていた時期、日本の航空法を見直すため、航空局の要請もあり、米国や欧州の航空法を勉強したことがありました。それによって各国の航空法がどういう思想でできているのか、また米国と欧州では何が違うのかを勉強できました。そこには、飛行機の設計思想に当たるものが明らかにありました。それまでは両者はほとんど同じだと思っていましたが、いろいろと違うところがあり、驚いたものです。

 このことは、ビジネスモデルにも当てはまるのではないでしょうか。たとえば、日本航空(JAL)さんとANAのビジネスモデルは同じように見えて、実際はかなり異なっているように思います。また、マ−ケティングツールもそうですね。同じマーケティングツールを使って調査して、同じデータをもとに分析しても、A社とB社では違う結論になることがあります。それはどういった思想で判断したかの違いだと思います。さらには、経営的な判断を下すうえでも、その人が持つ思想によって結果は異なってくるのではないでしょうか。

 もちろん、もっと大事な経験をできる場所もあったのかもしれませんが、私はたまたま、育った畑が飛行機の設計思想や安全思想、マーケティングに密接する部門にいました。そして、そこでは思想の重要性を肌で感じることができました。社長として何かを判断するときにも、その経験を活用しています。

変化が激しい時代、設計思想のような軸がなければ、適切な判断を下せない事態もありそうです。

 ANAが国際線で10年以上赤字だったのは、ある意味で設計思想がなかったからかもしれません。最初にグアム線を飛ばしたときはとにかく国際線をやるということでまだよかったと思います。飛行機が1、2機あればデイリー運航をできましたから。ただ、その次にワシントン線、ロサンゼルス線を飛ばしたときはどうだったのか。

 なぜ、ワシントンを選んだのか。当時、JALさんもワシントンは飛んでいませんでした。そこには、どのようなお客様がいて、どういうネットワークを作り、そして、どんなお客様に乗ってもらいたいのかという思想よりも、JALさんと同じ路線で勝負しては負けてしまうから、飛ばしていないところを探したという側面もありました。それも立派な戦術だと思いますが、当時は飛距離からして大型機材のジャンボ機でしか運航できません。需要の小さいワシントン線の赤字は必然のことだったとも言えます。

 ただし、いまは一回り小さいB787ができました。マーケティングリサーチを行い、B777やB747では機体が大きすぎると思っていた都市も、B787を活用すればネットワークをつくることができます。実際、新しい路線はB787があるからこそという場合が多いのです。

マーケティングリサーチの結果、事業に挑戦する可能性が見えるだけではなく、たくさんの「できない理由」も顕在化すると思います。篠辺さんはリサーチをどのように活用しているのでしょうか。

 私は、リサーチを基に決めるのは最終的な詰めの部分だけでいいと思っています。リサーチはその方針、つまり思想が明確になってから実施するものではないでしょうか。たとえば、「航空事業がこれから伸びるかどうか」などという一般論的なことをリサーチしてもあまり意味もないと思います。また、現需要についての数字はいくらでもありますが、将来がそれでわかるかというと、それは誰にもわかりません。

 私たちは、「国際線で成長する」と宣言しているわけです。それを達成するために、いかにバランスを取って路線を引くのか、どういう順にそれをするかという具体的な決断の判断材料として、リサーチを活用したいと思っています。次はどこに飛ばすべきか、いくつかの選択肢で迷った時、リサーチの数字がそこで踏ん切るための大きな材料にはなるでしょう。

 何の仮説も持たない状態でリサーチしたとしても、時間ばかりがかかってしまい、成果にはつながらないと思っています。

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