敵の反撃で窮地に陥ったときは、
「死んだ猫」をテーブルに投げる

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ジョン・ハワード首相(オーストラリア)が長期政権を築いた際の立役者であり、逆風にある幾多の候補者を当選に導いたのが、選挙ストラテジストのリントン・クロスビーである。その戦略から見えてくるものは、単に選挙に勝利する方法ではなく、ビジネスを成功に導くための定石である。第6回は、常に先手を取るための準備の大切さと、後手に回った際の「死んだ猫戦略」の詳細が語られる。
 

「この嘘つきやろう!」

「(合法的に節税対策をしている高額所得者のような)金持ちのろくでなし(rich bastards)は、投票権を持つべきではない」

 リビングストンは過去に、こんな発言をしたことで有名だった。

 2月26日、イギリスの一般紙の中では最大の発行部数(約70万部)を誇る『テレグラフ』が、リビングストンが「税金の抜け穴」を使って税金逃れをしていると報じた。その後も、イギリスの大手メディアがそれに追随する報道を次々と行なった。

 ロンドンの無料夕刊紙である『イブニング・スタンダード』は、リビングストンの「税金逃れ」を報道し、3月11日には国営放送のBBCも同様の報道を展開した。翌日、イギリス最大の発行部数を誇るタブロイド紙『サン』も、この点に関してリビングストンを批判する記事を掲載した。

 そして、ロンドン市長選挙が公式選挙期間に入った直後の3月21日、英国議会で毎週開かれている党首討論の中で、キャメロン首相がリビングストンについて触れる答弁をした。キャメロンは「ボリスとリビングストンの違いは、ボリスは彼の税金を払っている一方で、リビングストンはそうではない」とリビングストンを攻撃したのである(下記動画参照)。

 

 

 さらに、投票日を約1ヵ月後に控えた4月3日には、ラジオ放送局LBC 97.3が、ロンドン市長候補者の討論会を主催した。当然のように、そのラジオ討論でも、リビングストンの過去の税金逃れがクローズアップされていた。

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実際のラジオ収録の様子

 番組の中でリビングストンは、ボリスも過去にまったく同じことをしていたと主張した。これを聞いたボリスは、リビングストンに対して「嘘をついている」と繰り返した。そして、収録終了後のエレベーターの中で、ボリスはリビングストンに向かって「この嘘つきやろう!(you are a fucking liar!)」と叫んだと言われている。

 キャンペーン戦略を持って選挙活動を挑むのは、対立候補も同じことである。

 リビングストンが打ち出していた公共交通機関の運賃値下げは、彼のベース層を固めるために重要な政策であった。そして、彼の所属する労働党のほうがロンドンでは支持基盤が強く、加えて、緑の党の候補者に投票する有権者の多くが、第二候補としてリビングストンに投票する。

 それを考えると、こうしたベース層を固めることの重要性が非常に高い。そのためリビングストンは、運賃値下げをみずからのキャンペーン活動の中心に据えて、選挙戦を戦っていたのである。

 選挙キャンペーンとは、陣営が有権者に向けて一方的に発するキャンペーンではなく、陣営同士が明確に「相手」を意識しながら応酬するキャンペーンである。オフェンスとディフェンス双方での地道な活動の積み重ね、日々の優勢・劣勢が、最終的には、マスメディアを通じた有権者へのメッセージの浸透度の違いという形で双方の陣営の結果に跳ね返ってくるのだ。

 こうした状況では、常に先手に回ること、先手を取られた場合にすぐに対処することが不可欠だ。それでも相手のメッセージが有権者に浸透しそうな勢いがある際には、それをかき消すことが重要となる。

 今回はまず、ボリス陣営が先手をとるため、もしくは、先手を取られた場合にすぐに反撃するために行っていたことを紹介する。そのうえで、敵のメッセージをかき消すための「死んだ猫戦略」をボリスみずからの言葉で解説し、2012年のロンドン市長選挙の中でそれがどう機能したのかを説明したい。

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