ファイナンスの問題とガバナンスの問題

――ROE至上主義の落とし穴【第2回】

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ROEは当期利益を株主資本で割ることにより求められる。そのため、株主資本を減らして資本効率を高めれば、ROEを向上できるのではないかという論点が出てくる。今回はこの論点を中心にROEを考える。

梃子の効果とMM命題

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岩村 充(いわむら・みつる)
早稲田大学ビジネススクール教授。東京大学経済学部卒業。日本銀行勤務を経て1998年より現職。主としてファイナンス関連の講義および演習を担当しているが、物価理論などマクロ金融関連の論文著作も多い。主な著書に『貨幣進化論』(新潮選書・2010年)、『コーポレート・ファイナンス』(中央経済社・2013年)など。早稲田大学博士。

 前回は、ROEの分子対策の効果、具体的には高収益事業に経営資源を集中することの効果を考えた。結論は、高収益事業への集中は、それがROEの数値そのものを向上させるものであったとしても、事業機会の間での「裁定」が十分に働いている世界では、それが企業価値を高めるものになるとは限らないというものであった。

 そうすると、次に注意が向くのは、ROEの分母対策、具体的には自己株式の買い入れなどによって株主資本を減らし資本効率を高めれば、それは企業価値を高めることになるのではないかという論点だろう。今回はそこから議論を始めよう。

 企業財務には「梃子の効果」と言われる仕掛けがある。事業利益の分配構造という観点から企業をみると、その事業資産から生まれる利益は、資産を保有する原資の提供者である外部負債と株式資本とに分配される。ところが、外部負債の権利者つまり社債保有者や銀行に支払われる利回りは、株式市場で成立する利回りよりも低いので、新たな社債発行や銀行借り入れを起こしたりして、発行済みの株式を買い入れれば、株式資本収益率を持ち上げることができる。これが「梃子の効果」である。

 この効果を「梃子」という理由は、外部負債や内部資金を動員して株式資本の使用効率を上げれば、ちょうど梃子が働くような形で株式資本の収益率上昇に直結するからである。梃子の効果(英語では「レバレッジ」と言われる、レバレッジは転じて「外部負債」そのものを指す意味でも用いられる)は、企業が資本政策を考えるうえでの最も基本的な前提である。

 この梃子の効果のことを知れば、これを使ってROEを向上させ株価のアップを図れないかと考えるのは当然かもしれない。梃子の効果は株式資本への配分の「濃縮」のようなものであり、それは当然のことながら株価アップにつながりそうだからである。

 しかし、ファイナンスの教科書は、こうした「梃子の効果」の単純な活用に対しては、はなはだ冷淡である。それは、その提唱者の名を取って「モジリアーニ=ミラーの無関連性命題」あるいは略して「MM命題」とも呼ばれる理論の存在によるものである。

 若干の説明をしておこう。MM命題の本質は極めて単純である。その基盤は、資本市場におけるハイ・リスク=ハイ・リターンの原則と、そこでの投資対象間の裁定の効果、この2つだけだからである。この2つの働きにより、梃子の効果を使った株式資本への利回りつまりリターンの濃縮は、リターンと同時にリスクをも濃縮してしまって、結局のところ企業価値全体に対しては中立的だということを、簡単な理論モデルで示すことができる。MM命題の本質は、単純なROEの分母対策つまりは「汗をかかない資本政策」の企業価値あるいは株価への効果を否定するところにあり、それは前回で取り上げた単純な分子対策である「汗をかかない選択と集中」が、計算上のROEの嵩上げ効果は持っても、企業価値あるいは株価に対しては中立的だと論じたのと同じ原理だと言っても良い。資本市場におけるハイ・リスク=ハイ・リターンの原則は、ここでも通用しているのである。

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