未来は、人類が予測する以上に悪くならない

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DIAMONDハーバード・ビジネス・レビューの最新号では、「メディアの未来」を特集。いまだかつてない技術の変化から誰が未来を予想できるのか。そこには、主観的な願望の存在を無視できない。

 

なぜ楽観的な予測と悲観的な予測に分かれるのか

 世の中には多くの未来予想がありますが、大きく2つに分類できます。一つは人口動態予想が代表で、過去の死亡率や出生率から将来の人口動態を予測するので、疫病や大きな気象変動がなければ大きく外れません。

 もう一つは、インターネットの動向やロボット普及などの予想です。これらは、過去の定量データから類推するのではなく、その分野の専門家が独自の仮説を立てて予測するものです。そのため、仮説の前提として何を変動要因として重視するかで予測の方向性は大きく変わります。とりわけ新しい技術がもたらす未来に関しては、過去データがないことから、予測は主観的にならざるを得ません。

 かつて「パソコンを1人1台持つ時代がやってくる」と多くの人が信じましたが、その時代は訪れることなく、インターネット端末の主役はモバイル機器に移りつつあります。かように技術がもたらす未来の予測は大きく外れることがあります。

 そして、主観的な予想は楽観論と悲観論に分かれがちです。「いまよりもさらに素晴らしい世界になる」というタイプと、「このままでは人類はますます破滅の道を歩む」という類のものです。この2つの未来予想は一見真逆のようですが、実は共通点もあるのではないでしょうか。

 それは、ともに未来への想像を膨らまして生まれるということです。その結果が真逆になるのは、正の側面に着目して想像を膨らませるか、負の側面に着目して想像を膨らませるかの違いに過ぎません。

 もう一つの共通点は、ともに未来への「願望」から生まれた予想であるということです。素晴らしい未来を予想する人は、文字通り、それを望んでいるのでしょう。新しいゲームの登場によって、人はこれまでになかった体験を与えられ新たな創造性を獲得する、などです。新しいものが生まれる背景には人類や社会の必然性があったと信じるからこそ、未来の可能性に賭けるのです。

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