なぜYKKはグローバルに強いのか

ダイナミック・ケイパビリティと多国籍企業論

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なぜ企業は多国籍化するのか――デイビッド J.ティースは取引コスト理論を用いてこの問題を研究していたが、企業のグローバル経営について十分な説明ができないことに気づいた。そこでダイナミック・ケイパビリティ論に活路を見出す。その論点を整理し、YKKのベストプラクティスを紹介したい。

なぜ企業は多国籍化するのか

 デイビッド J.ティースは、ペンシルベニア大学の大学院生だったとき、多国籍企業とグローバル経営について研究していた。「なぜ企業は多国籍化するのか」という問題をめぐって、取引コスト理論を用いて研究していたのである。それゆえ、当時ペンシルベニア大学教授であり、取引コスト理論の創始者の一人であったオリバー・ウィリアムソン教授を師として仰いでいた。

 その後、スタンフォード大学に就職し、UCバークレーで終身雇用権を得て多国籍企業の研究を進めたティースは、取引コスト理論だけでは多国籍企業の行動を十分説明できないことに気づいた。

 取引コスト理論によって、「企業はなぜ多国籍化するのか」、つまり「企業がどのようにして海外へと進出するのか」を説明できるのだが、多国籍企業がその後どのようにして諸外国で持続的に成長し発展できるのかについては説明できない。取引コスト理論だけでは、企業のグローバル経営を扱えないのである。

 これを補完的に説明しようとするのが、ダイナミック・ケイパビリティ論である。今回は、多国籍企業とグローバル経営をめぐるダイナミック・ケイパビリティの論点を整理したうえで、これを有効活用し効率的にグローバル経営を展開するYKKの例を見てみたい。

●競争優位論はこう考える

 競争市場では、利益が獲得できるかぎり新しい企業が参入し続けるが、利益がゼロとなる点で新規参入はストップする。その状態が完全競争状態である。したがって、企業が多国籍化する場合、対象とする外国市場が完全競争状態ならば、企業はその国に参入しないだろう。

 このような新古典派経済学的な考えからすると、企業が多国籍化する場合、不完全競争状態にある外国市場がターゲットとなる。しかし、この場合、一般に多国籍化する企業は地場企業に比べて不利な条件を背負うことになるだろう。それでも、そのハンディーを克服しうるほどの強い競争優位性を保持しているとき、企業は多国籍化し、市場に参入することになる。これが、スティーブン・ハイマーの考えであった。
 ここで、そのような企業の優位性とは、<1>低コストで生産できること、<2>流通面で優れた能力を持つこと、<3>生産物で差別化できることである。これは、後にポーターによって展開される産業内の競争戦略論と本質的に同じである。

●内部化理論はこう考える

 企業が持つ優位性は、製品の輸出や製品技術の提携(ライセンシング)によっても発揮できる。それなのになぜ企業は直接海外に進出し(直接投資)、自社製品を生産したり販売したりしようとするのだろうか。つまり、なぜ企業はすべての活動を内部化して多国籍化するのか。これが、P.J.バックレーやM.C.カッソンなどによる内部化理論(internalization theory)の問題提起である。

 彼らは企業の多国籍化問題を、ロナルド・コースやウィリアムソンによって展開された取引コスト理論に基づいて説明しようとした。取引コスト理論によると、人間は完全に情報を得ることができず、不完全な情報の下で合理的に行動しようとする限定合理的な存在である。しかも、スキあらば、たとえ悪徳的であっても利己的利益を追求しようとする機会主義的な存在でもある。このような限定合理的で機会主義的な人間世界では、取引する場合、相互に自分に有利になるように駆け引きが起こる。この取引上の無駄が「取引コスト」である。

 この取引コストを節約するために、企業は輸出やライセンシングではなく、直接多国籍化するものとして説明できる。確かに、企業が海外市場に進出するとき、地場企業と市場取引することも、ライセンシングのような形で技術提携も可能である。しかし、地場企業との市場取引や技術提携をめぐる取引コストがあまりにも高い場合、企業は直接投資によって多国籍化するほうが効率的となる。このような取引コスト節約原理に基づく説明が内部化理論なのである。

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