女性の雇用は“大躍進”を遂げていた
「失われた20年」のもう1つの真実

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「失われた20年」。バブル崩壊以降、低成長を続ける日本経済は、このようにネガティブに表現されることがほとんどだ。だが、あたかも既成事実のようにこの言葉が先行した結果、評価されるべき事実を見落としている可能性はないのだろうか。スイスのチューリッヒ大学で日本研究を専門とするステファニア・ロッタンティ博士とゲオルグ・ブリント博士は、この時期を日本の「失われなかった20年」と評して我々の意表を突く。本連載では、立命館大学の琴坂准教授との対話を通して、日本の常識を覆す新たな視座が提供される。連載は全4回。(翻訳協力/我妻佑美)
 

「失われた20年」の間に
女性の雇用は“大躍進”を遂げた

琴坂第1回第2回と見てきたように、日本の若者にとって現代の経済・労働市場の状況は、巷で騒がれているほど過酷ではないと捉えることができそうです。しかし、女性はどうでしょうか。私が理解している範囲では、日本の労働市場において、ジェンダーに付随する偏見は未だに大きな問題だと思います。

ステファニア・ロッタンティ・フォン・マンダッハ
Stefania Lottanti von Mandach
チューリッヒ大学 東アジア研究所 研究員
1996年、日本に留学。2000年、チューリッヒ大学日本学科と経営学を卒業したのち、経営コンサルティング会社に就職し、主にスイスとイギリスで活動。2006年、プライベートエクイティ会社に転職して、日本および韓国市場を担当。2010年、博士号を取得。2011年より現職。最近の研究は、日本のプライベートエクイティ市場、労働市場と流通制度を対象。

ロッタンティ 少なくとも一般的な見解ではそうですね。データによると、最近の労働市場の拡大は、主に非正規雇用の増加によるもので、特に女性がその多くを占めています。この事実こそ、女性が弱い立場に置かれている証拠であるという話はよく耳にします。

 しかし、私たちが法務省統計局のデータをもとに計算した数値では、1988年から2009年において、25歳~34歳の女性の正規雇用率は30%から38%に増加、35歳~45歳では24%から29%に増加しています。

 これは結論から言えば、「失われた20年」に労働市場に参入した女性は、みずからの地位を大幅に改善した、と言えるのではないでしょうか。相対的な増加を見ると、女性の正規雇用率は年齢層によって20%から25%へ増加しているので、女性の社会進出は確実に進んでいます。

琴坂 それは驚きです。この数字は多くの読者の理解とは異なるのではないでしょうか。女性の社会進出は多くの困難に満ちている、とさまざまなメディアで報道されています。この数字はあまり大々的には取り上げられてはいないように思うのですが、それはなぜでしょうか。

ロッタンティ 良いニュースであると手放しで喜べないのは、女性の正規雇用率の増加によって、男性が割を食った結果がうかがえるからではないでしょうか。直接的な因果関係は不明ですが、数字を見ても、25歳~34歳の男性の正規雇用率は1988年から2009年にかけて82%から73%へと明らかに減っています。女性の雇用環境が改善する一方で、男性の雇用環境は悪化していたのです。

琴坂 たしかに、女性の社会進出が進み、より多くの女性が正社員の職を得ることは、逆に言えば競争相手である男性にとっては脅威でもありますね。健全な競争に近づいたことが、皮肉にも男性にとって労働環境の悪化を感じさせる要因となっているのかもしれません。

ブリント 私は、労働市場における「失われた20年」は女性にとってはむしろ“大躍進”の期間であったと捉えています。つまり、よいポジションを巡って女性が男性と競争し、女性は非常に優れた成績を出したと考えられるからです。

 バブル以前と比べれば、女性が総合職の道へ進むことはごく一般的になりました。結婚を機に仕事を辞めることもすでに当然ではなくなり、出産後に退職という選択をする女性数もますます減少しています。もちろん、依然として男女格差は存在します。また、女性の社会進出が進んだことで、育児や介護が重要な問題として認識されるようになりました。しかし、少なくとも過去に比べて女性の雇用環境が改善されているのは確かなはずです。

ゲオルグ・ブリント
Georg D. Blind
チューリッヒ大学 東アジア研究所 研究員
スイスのザンクトガレン大学で経済学修士、フランスのHEC経営大学院で経営学修士を取得したのち、2004年、マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。その後、2008年からの1年間、京都大学経営管理大学院で日本学術振興会の外国人特別研究員を務め、2010年より現職。2014年、ドイツのホーエンハイム大学で経済学博士号を取得。主な研究テーマは日本の起業活動、労働市場、経済学方法論。最近の論文に「Decades not lost, but won」(ステファニア・ロッタンティ・フォン・マンダッハと共著)がある。

琴坂 まだまだ不十分であるとはいえ、女性の社会進出はまさに評価できる点ですね。ただ、それを支援する体制が未だ十分ではなく、女性は家庭に入るべき、という観念の中でつくられてきた制度や考え方が依然として根強くあります。そのため、いまなお女性は、家庭か仕事のどちらかの選択を強制される立場に置かれていると言われていますよね。

 こうしたなかで、女性の社会進出は出生率低下のさらなる低下にもつながるネガティブな要因である、と懸念する声もあります。そういった側面に対してはどう考えますか。

ロッタンティ たしかに、それはおっしゃる通りです。女性が正社員ポストを獲得し責任ある立場で活躍する一方、これまで競争相手の不在で安住していた同僚男性の雇用が不安定になるだけではなく、女性への就業支援制度の不備から、出生率がさらに低下するという好ましくない方向も懸念されます。また、男性の雇用が不安定になれば、出生率はより一層低下する可能性もあります。非正規雇用の男性は、正規雇用に比べて、結婚して家族をつくることが難しいと言われていますから。

ブリント 女性の社会進出が着実に進んでいることで、日本の労働市場は確実に近代化していると思います。しかしその進展に、たとえば「結婚市場」における意識変化は、まだまだ追い付いていません。

 たとえば、「上昇婚」とか「下方婚」というような言葉が存在するように、男女の役割に対する社会の意識はなかなか変化しません。社会的に活躍し、出世コースを歩む女性が増える一方で、先に指摘があったように、非正規雇用で苦労する25歳~34歳の男性の割合も増加しています。こうした状況が、結婚市場に不均衡を生じさせている可能性はあります。

 さらに、このような社会的変化によって生み出された問題が、たとえば男性側から見て「企業の正社員求人が足りない」という経済的不満に短絡的に結びつく恐れもあります。そのため、女性の社会進出に関しては、それがもたらす経済的側面と社会的側面をきちんと分けて議論することが大切でしょう。この良い変化を正しく認識して、その副産物とも言えるマイナス面に対しては、しっかりとした政策的な対応を進めて行くことが必要だと考えます。

琴坂 その通りですね。さて、結婚問題に関する議論に終わりはなさそうですが、女性における非正規雇用数と正社員比率の増加について、もう少し議論を深めてもいいでしょうか。まずは女性の社会進出がここまで大きな傾向になったことについて、これはどのように説明できるのでしょうか。

 たとえば、家計に副収入が必要になったことに起因する可能性はいかがでしょう。つまり「失われた20年」が進行するなか、夫の収入が減ったために妻も働かざるを得なくなったともいえるのではないでしょうか。もしそうであれば、女性の社会進出も手放しには喜べません。

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