データが語る「失われなかった20年」
スイスの研究者が覆す、日本の“常識”

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「失われた20年」。バブル崩壊以降、低成長を続ける日本経済は、このようにネガティブに表現されることがほとんどだ。だが、あたかも既成事実のようにこの言葉が先行した結果、評価されるべき事実を見落としている可能性はないのだろうか。スイスのチューリッヒ大学で日本研究を専門とするステファニア・ロッタンティ博士とゲオルグ・ブリント博士は、この時期を日本の「失われなかった20年」と評して我々の意表を突く。本連載では、立命館大学の琴坂准教授との対話を通して、日本の常識を覆す新たな視座が提供される。連載は全4回。(翻訳協力/我妻佑美)
 

いま、世界は日本経済に注目している

琴坂 最近は、海外で日本経済や日本の経営を研究する研究者が減りつつあります。特に若手の研究者ではそれが顕著ではないでしょうか。そのようななかでなぜ、ロッタンティさんとブリントさんは日本経済や日本のビジネスに関心を持つようになったのでしょうか。

ステファニア・ロッタンティ・フォン・マンダッハ
Stefania Lottanti von Mandach
チューリッヒ大学 東アジア研究所 研究員
1996年、日本に留学。2000年、チューリッヒ大学日本学科と経営学を卒業したのち、経営コンサルティング会社に就職し、主にスイスとイギリスで活動。2006年、プライベートエクイティ会社に転職して、日本および韓国市場を担当。2010年、博士号を取得。2011年より現職。最近の研究は、日本のプライベートエクイティ市場、労働市場と流通制度を対象。

ロッタンティ 1980年代、日本との激しい競争にさらされていたのが、日本に関心を持った最初のきっかけでした。また私自身、遠く離れた異文化の国を探検したいという想いがあり、それが日本への興味と結びついたことも理由の1つです。スイスから見ると日本は東の最果て、遠い異国ですからね。それからは、のめりこむように漢字を勉強しました。日本語の読み書きも学び、気がついてみると、未知のヴェールに包まれていた日本語文献を理解できるようになっていました。

 大学卒業後は、日本とは無関係の経営コンサルタント会社に入社しました。しかし、不思議といいますか、驚いたことに、その会社は極めて日本的だったのです。西洋のマネジメント書に叙述されているような、典型的な日本企業の姿と類似していましたね。そこで日本的な経営への関心が再度高まったのを覚えています。

 5年後にプライベート・エクイティ・ファンドへ転職してからは、日本語の読み書きができるということもあり、頻繁に日本へ出張する機会に恵まれました。そうしたなか、2010年にチューリッヒ大学に現代日本研究所が設立され、研究者の募集がありましたので応募して、異色ではありましたが、民間企業から大学にカムバックして現在に至ります。

琴坂 ブリントさんも、ロッタンティさんと同じように実務経験がありますよね。私がドイツでコンサルタントをしていたときの同僚でもありますが、日本に興味を持ち始めたきっかけはどういったものなのでしょう。

ゲオルグ・ブリント
Georg D. Blind
チューリッヒ大学 東アジア研究所 研究員
スイスのザンクトガレン大学で経済学修士、フランスのHEC経営大学院で経営学修士を取得したのち、2004年、マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。その後、2008年からの1年間、京都大学経営管理大学院で日本学術振興会の外国人特別研究員を務め、2010年より現職。2014年、ドイツのホーエンハイム大学で経済学博士号を取得。主な研究テーマは日本の起業活動、労働市場、経済学方法論。最近の論文に「Decades not lost, but won」(ステファニア・ロッタンティ・フォン・マンダッハと共著)がある。

ブリント 大学時代、私は英語もフランス語もこれ以上教室で学んでも得るものが少ないと思いまして、欧州から遠く、勉強のチャレンジになる日本語を学んでみることにしました。その時の先生が、日本語を楽しく学ばせてくれて、とても素晴らしい先生でした。それが出発点だと思います。

 在学中には、大阪ドイツ総領事館でのインターンシップをしました。その時の経験から強く感じたことが2つあります。1つは、日本はとても興味深い国で深く研究する価値があるということです。もう1つは、私の日本語が研究資料から情報を読み取るには満足できるレベルではないということでした。そのためもっとこの国を知りたいという気持ちがありながら、学びきれなかったという思いが残りました。

 大学卒業後は、ドイツのマッキンゼー・アンド・カンパニーに就職して、数年間やりがいのある仕事に従事しましたが、ふたたびアカデミックな世界へ戻ることを決めました。幸いなことに日本政府の給費を受けられたため、京都大学の客員研究員として1年過ごすことができました。これが日本と経済という私の2つの興味が組み合わさるきっかけになりました。

 マッキンゼーからオックスフォード大学に進んだ琴坂さんとは、非常によく似たキャリアだと言えますね。マッキンゼーを出た後に博士号を取得して大学に所属している研究者はあまりいませんよね。

琴坂 そうですね、普通とは逆のキャリアパスですよね(笑)。さて、本題に入りましょう。ここからは、日本に対するお二人のお考えを聞かせてください。私がオックスフォード大学に在籍していた当時(2008年〜2013年)、日本企業の経営に関する西洋の関心が大きく低下しているという印象を受けました。この原因についてお二人はどうお考えですか。

ロッタンティ バブルがはじけて、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」だった時代と比べると、日本に対する関心が薄れてきたのは確かです。中国の台頭とタイミングが重なったことも、その理由として挙げられると思います。皮肉なことですが、経営学的視点で見ると、日本企業の成功の源とされていた要因が、いまでは失敗の要因と考えられています。企業文化のあり方、年功序列、企業系列などはその代表例ですよね。

ブリント ただ、日本企業に対する関心が薄れても、日本経済そのものに対しては、そこまで顕著な関心の低下は見られなかったと思います。たとえば、デフレ経験など、日本の金融政策はふたたび注目を浴びています。なぜなら、リーマンショックの後遺症によって、西洋諸国も類似の課題に直面し始めているからです。これらの分野では、日本は先駆者的存在になっており、多くの政策当事者や研究者が日本の過去の経験を参照しています。

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