垂直的統合の考察〈2〉

非ゼロ・ベースで考える
取引コスト理論とダイナミック・ケイパビリティ論

1

現代企業が巨大化するには、水平的、多角的、垂直的という3つの方向性がある。前回、この3つめの論点について、ダイナミック・ケイパビリティ論と取引コスト理論の主張が対立していることを自動車メーカーと流通業者との垂直的関係からゼロ・ベース(すべてがゼロから始まる)のケースで考察した。今回は、非ゼロ・ベースのケースで考えてみたい。

取引コスト理論の限界

 最近の米国での研究傾向は、計量的な研究があまりにも多い。じっくりと理論的考察を行うこともなく、すぐに実証研究に向かう研究者であふれている。かつて、企業の経済学分野では複雑な数理モデルを振り回すこともなく、統計を駆使するわけでもなく、まさに英知で勝負する優れた研究者がかなりいた。シカゴ大学教授ロナルド・コースに始まり、カリフォルニア大学ロサンゼルス校教授ハロルド・デムセッツや同校教授アーメン・アルチャンなどである。

 そして、オリバー・ウィリアムソン教授や彼を師と仰くデイビッド・ティース教授もその流れの中にある。そのティース教授が師を超えるために、無視できない議論は垂直的統合問題をめぐるデムセッツ教授の議論であった。

 デムセッツ教授は、取引コストによる垂直的統合の説明に疑問を抱いていた。彼はシカゴ大学教授ジョージ・スティグラーの考えに従い、企業は取引コストを節約するためにではなく、市場が不十分なために垂直的に拡大したり統合したりして流通も行うと考え、実証研究を行っていた。その結果、取引コストよりも市場状態のほうが垂直的統合とより強い関係があることを示した。

 これについて、垂直統合についての考察は取引コスト理論だけでは不十分であり、ケイパビリティ論、ダイナミック・ケイパビリティ論が補完的に必要であることを非ゼロ・ベースのケースで説明したい。

「現状が非効率的でも、
変化しないほうが合理的」という不条理

前回は垂直的統合をめぐる取引コスト理論、ケイパビリティ論、ダイナミック・ケイパビリティ論の違いをゼロ・ベース(すべてがゼロから始まる)のケースで説明したが、現実のビジネスでゼロ・ベースというケースは少なく、非ゼロ・ベース(ある状態がすでに選択されているケース)のほうが多い。

 非ゼロ・ベースとは、すでに選択された状態からさらに別の状態へ移行するかどうかといった選択的状況のことである。たとえば、ある自動車メーカーが特定の流通業者に販売を完全委託しているとしよう。ところがこのメーカーが革新的な新車を製造し、従来の販売方法と異なる手法を採りたいと考えた場合、次のような3つの選択を迫られる。

  • <1>既存の流通業者との戦略的提携を続ける(現状維持)。
  • <2>直営店販売へ移行する。
  • <3>多くの流通業者と市場取引をする。

 

 この選択問題はもはやゼロ・ベースではない。明らかに現状が有利に働くことになる。というのも、既存の流通業者による委託販売から直営販売へと変更するには、既存の状態でメリットを得ている企業内外の人々との間に多大な取引コストが発生する可能性があるからである。

 この取引コストがあまりにも大きい場合、ウィリアムソンの言う処置不可能(irremediable)状態となる。すなわち、「現状が非効率的であっても、変化しないほうが合理的である」という不条理(合理的非効率)に陥る可能性が高いのだ。

 したがって、このようなケースにおける取引コスト理論は、企業が採用すべき行動原理にならない。

次のページ  現状維持か、変化か»
1
Special Topics PR
Innovator 関連記事
最新号のご案内
定期購読
論文オンラインサービス
  • facebook
  • Twitter
  • RSS