一つひとつの作業は必ず意味を持っている
技術だけでなく「なぜ」まで伝える工夫
——JAXA有人宇宙ミッション本部・筒井史哉

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国際宇宙ステーション(ISS)最大の有人施設「きぼう」日本実験棟をはじめ、日本の宇宙事業が発展を遂げる裏には、宇宙飛行士はもちろん、彼らを支えるスタッフの存在がある。第10回・最終回では、「きぼう」開発に初期から携わる筒井史哉氏に話を聞いた。いかにして前例のない事業を成功に導いたのか、その舞台裏が語られる。(構成/新田匡央)

他人の仕事を自分の仕事に変えた瞬間

――国際宇宙ステーション(ISS)は、2003年のスペースシャトル・コロンビア号の事故などがあって、何度も開発が延期されました。そうしたなかで、いかにモチベーションを維持できたのでしょうか

筒井史哉(以下略) 設計もハードも完成していないなかでの延期だったのですが、それでも虚脱感はありました。ただ、これは乗り越えなければならないハードルで、延期された期間を有効活用し、システム設計を見直す作業に集中していました。またその当時、日本では開発経費を見直すべきだという声が上がっており、それに手を打たなければならないという使命感もありました。そのため、インターフェースの簡略化を目指した開発も続けていました。

筒井 史哉(つつい・ふみや)
JAXA 有人宇宙ミッション本部 事業推進部 計画マネージャ
東京大学工学部航空学科卒業後、宇宙開発事業団(NASDA)に入社し、種子島宇宙センターで設備整備を担当。1991年、宇宙ステーショングループ(当時)に異動し、以来、日本実験棟「きぼう」の開発に従事。2003年、宇宙環境利用推進部に異動したのち、ISSプログラム全般の企画業務に従事。2006年より、JEMプロジェクトチームにて「きぼう」技術チームをリード。2010年から現職。

 結果的に、それによって、以前の設計より格段に良くなりました。システム設計の見直しは、無駄を削る意味でも悪くないことだったと思います。延期自体は残念なことでもありましたが、そこでモチベーションを失った人はいませんでした。

 当初は、人工衛星やロケットで実績を上げた人がプロジェクトを仕切り、実働を担う中間層はメーカーからの出向者のほうが多かった。そのため、組織の末端にいて、まだ若かった私たちの世代は、自分たちの考えを発揮するチャンスが限られていました。開発の延期はそういう状況で起こったので、むしろ自分たちの手でシステム設計を変えるチャンスが来た、独自性を発揮できるチャンスが来たとも思っていました。極端に言えば、他人のものだった仕事を、自分たちのものにする過程だったかもしれません。

 当事者意識が高まったことで、プロジェクトに取り組む気持ちや姿勢が劇的に変わりました。縦割りだった組織の垣根を越えて仕事を見られるようになり、目を向ける範囲が広がったと思います。

――開発者はメーカーとの接点が必ずあります。技術的な部分を巡っては議論が白熱することもあると思いますが、具体的にはどのようなやり取りがありましたか。

 メーカーは「できない」と言い、こちらは「やってほしい」と主張する。反対にメーカーが「できる」と言っても、こちらは「それは違う」と反論する。そんなやり取りが延々と続きます。メーカーはモノづくりや回路設計などの「作業」に担当者が割り振られているので、全体像を持ちにくくなります。コンポーネントの上流に進んでさまざまな「作業」が集積されていくにつれて、さらに全体像を読み切れなくなっていく。

 そこを俯瞰できるのがJAXAの強みです。つまり、メーカーが持っていない視点を提示することができるのです。メーカーにとってもプラスになる情報を与えることができ、一方のJAXAもメーカーしか知り得なかったディテールを聞けるので、有意義な会話が成り立っているのだと思います。

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