ミッション成功の9割は地上の準備が決める
過酷な訓練が「想定外」に動じない心を養う
——JAXA有人宇宙ミッション本部・松浦真弓

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国際宇宙ステーション(ISS)最大の有人施設「きぼう」日本実験棟をはじめ、日本の宇宙事業が発展を遂げる裏には、宇宙飛行士はもちろん、彼らを支えるスタッフの存在がある。宇宙飛行士と最も密接にあるのが、地上の運用管制員を取りまとめるリーダーであり、彼らと地上との窓口という重大任務を果たす「フライトディレクタ」だ。第8回・第9回では、宇宙航空研究開発機構(JAXA)女性技術者の一期生として採用された、フライトディレクタ・松浦真弓氏がその舞台裏を語る。(構成/新田匡央)

ミッション成功の9割は地上の準備が決める

――宇宙開発事業団(NASDA、宇宙航空研究開発機構[JAXA]の前身)に入られた当時、最初に任された仕事は何でしたか。

松浦真弓(以下略) 私は、筑波宇宙センターに配属されました。打ち上げ後の人工衛星を追跡する部署があり、そこで人工衛星がどこを、どういう姿勢で飛んでいるかについて追いかける仕事です。人工衛星は、何も手を加えないでいると少しずつ軌道からずれていってしまいます。どのタイミングで、どの程度のジェット噴射を行えば修正できるかという計画を立てる仕事でした。

松浦 真弓(まつうら・まゆみ)
JAXA 有人宇宙ミッション本部 有人宇宙技術センター 主幹開発員
1986年、東海大学短期大学部電気通信工学科電波工学コース卒業後、宇宙開発事業団(NASDA)入社。筑波宇宙センターにて、人工衛星の軌道・姿勢の計算および制御計画、ロケットの追跡等を担当。1998年、宇宙環境利用推進部(現有人宇宙環境利用ミッション本部)異動。2000年、フライトディレクタの訓練でアメリカ・ヒューストンに半年間滞在。2007年、「きぼう」フライトディレクタに認定され、翌年、「きぼう」の第1回組立ミッション主担当フライトディレクタを務める。2011年、HTVプロジェクトチーム異動し、翌年、「こうのとり」フライトディレクタ認定。2014年、有人宇宙技術センター異動し、「こうのとり」および「きぼう」のフライトディレクタとして業務に当たる。現在、2015年打ち上げ予定の「こうのとり」5号機における主担当フライトディレクタとして任務遂行中。

 そこに6年半いて、こんどは打ち上げられた直後のロケットから衛星が分離するまでの30分から40分間を追いかける部署に異動しました。また追いかける仕事です。その後、1998年に、現在も所属する国際宇宙ステーション(ISS)に関わる部署に異動しました。

 異動した当初は、まだ「きぼう」の運用管制をどのようにやるかも決まっていませんでした。ちょうど立ち上げの段階で、運用管制のやり方を学ぶためにアメリカ航空宇宙局(NASA)に修業に行くような時期です。10人が選抜されて、半年交代でヒューストンのジョンソン宇宙センターへ行くことになり、2000年3月から行った私が最後でした。

 管制チームのリーダーを「フライトディレクタ」といいますが、修業の名の通り、師匠のフライトディレクタのあとをひたすらついて回ります。フライトディレクタはどういう振る舞いをするのか、手元に何を置いているのか、どういうときにどのような判断を下すのか。それ以前に、どのような準備を行っているのか。とにかくすべての行動と言動を見聞きし、ひたすら盗むことに集中しました。

 私の師匠は、すでに引退したチャック・ショーという人でした。2000年10月に打ち上げられた若田光一さんも参加したミッションで、ヒューストンにおけるリードを務めたフライトディレクタです。私の研修の時期とこのミッションが重なったので、長い準備期間の最後の半年間を、かぶりつきの席で見させてもらう幸運に恵まれました。

――チャック・ショー氏の仕事を見て、印象的だったことはありますか。

 1998年当時、NASAからフライトコントローラー経験者が応援に来てくれていました。その人がフライトコントロールの基礎を説明してくれるのですが、トラブルが起こったときに、NASAでは1、2分で問題を解決すると豪語していました。

 それを聞いた時、私は信じられませんでした。日本の人工衛星の場合、トラブル発生から問題解決までの時間に1、2時間を要することはざらで、場合によっては何日もかかっていたからです。言い違いか、聞き違いだろうと思っていましたが、研修でチャック・ショーがリードするフライトコンロトールチームの訓練を見ると、本当に1、2分で解決していたのです。

 あとでわかったのは、それだけ時間を短縮できたのには理由がありました。あらゆる場面を想定し、あらかじめ場面に応じた手順書をつくり込んでおくので、いざ事が起こっても、最適な手順書を取り出して実行に移すだけです。

 宇宙ではそれでも想定外の事態が起こるので、そのときはさすがに1、2分というわけにはいきません。必ずしもぴったり一致する手順書はなく、現実の事態に合わせるために手直しする時間が必要です。それでも、極めて短時間で対応をしているのを目の当たりにして、これに追いつくのは大変だと思いました。

「『10』のうち実際の運用にかける時間は最後の『1』で、残りの『9』はすべて準備だ」

 これはチャック・ショーを含め、フライトディレクタが必ず言っていた言葉です。さまざまな場面を想定して訓練し、手順やルールをつくるのが大事。だからホームワークをやりなさいという意味でした。想定外を減らすために「look ahead」(備えを持て)「proactive」(先回り)というキーワードが頻繁に出てきました。

 フライトディレクタの仕事は、オーケストラの指揮者のようなものだと思います。特別な楽器を持っておらず、指示するだけの人のように見えるかもしれません。でも、私はそれでいいと思っています。どう見られているか以上に、チームのメンバーそれぞれが持っている能力を知り、やるべき作業をスムーズに進めるために、いつ、だれが、何を、どうすればいいかを指示できる能力が大事なのだと思います。

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