安定運用期でいかにモチベーションを保つのか
失敗が許されない環境でも挑戦心は欠かせない
——JAXA有人宇宙ミッション本部・伊藤剛

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国際宇宙ステーション(ISS)最大の「きぼう」日本実験棟をはじめ、日本の宇宙事業が発展を遂げる裏には、宇宙飛行士はもちろん、彼らを支えるスタッフの存在がある。現在、ISSは開発というステージから長期の運用段階に移行したことで、スタッフのモチベーションの維持が大きな課題となっている。失敗が許されない環境において、いかに挑戦する意欲を持てばよいのか。開発と運用の双方を経験する伊藤剛氏が語る。(構成/新田匡央)

スタッフのモチベーションの維持が最大の課題

――伊藤さん長年関わっている国際宇宙ステーション(ISS)のプロジェクトは、非常に長期間にわたるものだと思います。そうなると、モチベーションの維持が課題になるのではないでしょうか。

伊藤剛(以下略) その通りです。私もその点はとくに意識しています。「きぼう」が宇宙に打ち上げられたのは2008年のことですが、その段階まではゴールがはっきりしていました。宇宙ステーションをつくり、飛ばし、宇宙でしっかりと動くようにする。それに対するモチベーションは高く、しかも明確です。

伊藤 剛(いとう・つよし)
JAXA 有人宇宙ミッション本部 有人宇宙技術センター 技術領域リーダ
東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻修士課程修了後、1997年、宇宙開発事業団(現・宇宙航空研究開発機構)入社。同年から15年以上にわたり、日本の国際宇宙ステーション「きぼう」プロジェクトに従事。日本初の有人宇宙施設「きぼう」の各種機器の開発、NASAとの国際調整、全体システムインテグレーション、運用準備を担当。2008年の「きぼう」打上げ以降、フライトディレクタとして「きぼう」の運用管制を指揮。2012年から有人宇宙技術センターの技術領域リーダとして、「きぼう」の実験装置開発、将来の有人探査に向けた技術研究を統括。

 しかし「きぼう」が運用を始めたあとは、それほど刺激的なことはありません。こまかく言えばいろいろあるのですが、開発段階の「宇宙ステーションをつくって打ち上げる」という壮大な目標に比べると、地味なことに思えてしまいます。モチベーションの維持が難しくなるのは当然だと思います。

 技量の維持という意味でも、開発の対象があれば、それに挑戦する機会があるので人も育ちますが、マニュアル通りに運用しているだけでは技術も挑戦心も衰えていきます。開発に従事した人であれば、それでも自分がつくったものが飛んでいるわけなので、愛着があります。ところが、開発が終わってから宇宙航空研究開発機構(JAXA)に入ってきた人は、実際には見たこともない装置が宇宙で動いているだけなので、モチベーションを高く持てというほうが酷かもしれません。

 その課題を克服するため、私なりに取り組んでいることがあります。それは、達成感を得られる小さなプロジェクトを設定することです。これはとくに、若手エンジニアの教育の機会に活用しています。その一つに、宇宙でも使える4Kカメラの開発がありました。

――4Kカメラはすでに流通していますよね。特別なことが必要だったのですか。

 2013年12月に放送されたNHKスペシャルの内容は、アイソン彗星を4Kカメラで撮影するというものでした。この番組の撮影に使用するカメラの打上げ準備を、NHKとの協力で行うことになったのです。

 ただし、地上で使っている4Kカメラを、そのままISSに持ち込むことはできません。真空下でも壊れないようにコンデンサーを交換する、耐湿性をクリアするためにコーティングする、打ち上げ時の振動に耐えられるような策を施す、ISSの機器に影響を与えないようにノイズ対策をするなど、宇宙で使用するためにさまざまな改良を加える必要があります。

 このような取り組みは、若手の勉強にもなるし、モチベーションの向上にもつながると思い手を挙げました。ただし、2013年の2月に持ち込まれたこのプロジェクトは、4月からスタートして、最終的には8月に打ち上げる「こうのとり」(ISSへの物資輸送宇宙船)に載せなければなりません。JAXAでは前例のないほどの超短期チャレンジング・プロジェクトでしたが、あえて当時入社2年目の若手職員にプロジェクトを任せました。

 数ヵ月で打ち上げなければならない状況は、モチベーションも集中力も高まります。それも、このケースはたまたま映像を扱う機器だったので、成果は実際の映像として目にすることができます。逆に言うと、うまくいかなければ映像が撮れないので痛烈に批判される怖さもありますが、モチベーション維持と、日本の有人宇宙活動の技量維持・継続という意味で、こうしたプロジェクトは非常に重要だと思っています。

――NHKのように、外部との協力のためにプロジェクトが始まることばかりではないと思います。その他に、モチベーションと技量を維持する取り組みはありますか。

 現在の私の仕事は、「きぼう」に設置される実験装置の維持と改良です。新たな実験のニーズは常に増えている一方で、過去の設計思想の機器でそれに応えるのには限界があります。新たなニーズに応えるためにどのような実験装置をつくればいいか、現在設置されている実験装置をどのようにアップ・グレードすればいいか。そうしたことを考えさせて、必要であれば実行するということはそれに当たります。

 そもそもISSを10年間も使い続けると、機器は壊れたり古くなったりしますが、当時とまったく同じものをつくることはできません。家電製品でも自動車でも、同じ部品が10年後に売っていないことと同じです。そのため、10年前の部品の代わりになるものを考えたり、設計し直したりすることで対応しなければならないのです。

 また、かつて映像はすべてアナログでしたが、現在はデジタルです。ISSの映像はアナログのままですが、この先もアナログのままでいいとは考えていません。飛行中のISSの機器をデジタルにするにはどうすればいいか。そうした課題を見つけて、それを若手に任せるのが自分の役割だと思っています。

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