ヤフーが米IT企業で唯一、中国で成功した理由

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中国のeコマース最大手アリババの上場によって、主要株主だった米ヤフーは94億ドルという巨額の株式売却益を手にした。同社の元社長スー・デッカーが、約10年に及ぶ中国事業で経験した失敗と成功から得た教訓を語る。


 話は2005年5月にさかのぼる。当時、ヤフーのCFO(最高財務責任者)だった私は、CEOのテリー・セメルと共同創業者ジェリー・ヤン、経営企画担当幹部のトビー・コッペルとともに中国へ向かった。これが後に運命的な意味を持つことになる。なぜなら、この訪中をきっかけに保有することになったアリババ(阿里巴巴集団)の持ち株は、10年も経たないうちに、インターネット黎明期の雄ヤフーを救うことになったからだ。実際に、当時取得した株式は現在のヤフーの価値の大きな割合を占めている。この「棚ぼた利益」で同社の未来は変われるのではないかと期待する向きも多い(本記事公開後、2014年9月19日のアリババ上場で米ヤフーの株式売却益は94億ドルに達した)。

 当時の我々は、将来性はあるが障壁の多い中国市場で、持続可能なビジネスを構築する方法を模索していた。だが、なかなか順調にはいかなかった。2005年以前の試みは失敗だったと言われてもおかしくなく(実際にほとんどが失敗に終わった)、中国市場で安定した地位を築けていなかった。そんな時、我々はアリババを見つけ、彼らも我々に目を向けた。この出会いを機に結ばれた提携関係は、後に大成功を収めることになる。それ以前の取り組みで得てきた教訓、そしてさらなる成長のために新しいリスクを取る決意が、成功につながった。

 我々が学んだ教訓は、10年近くたったいま、より明確に示すことができる。中国で事業拡大を目指すビジネスリーダーにとって、これらの教訓は成功への道のりを短縮するヒントになるかもしれない。

立ち上げ、買収、そして提携へ

 ヤフーの中国進出は、現地にゼロから会社をつくる「立ち上げ戦略」から始まり、やがて「買収戦略」に転じ、最終的には「提携戦略」へと変わっていった。最初はどうすれば自社の既存サービスを最大限に活用できるか、各ステージでかなりの時間をかけて検討したが、後から考えてみると、それはさして重要ではなかった。むしろ肝心なのはリーダーシップや管理、信頼関係について学ぶことであり、そこから得た教訓を各事業の立ち上げや投資、人員配置に反映することだった。

 ヤフー中国が立ち上がったのは1999年のことだ。eメール、インスタントメッセージ、アメリカのコンテンツ(ニュース、金融情報、天気)の中国語翻訳(繁体字と簡体字)、そして約2万のウェブサイトを掲載したディレクトリ型検索エンジンから成るポータルサイトとして出発した。他の多くの国々で適用してきたやり方だ。

 1999年の時点で中国のインターネット利用者数は500万人程度だったが、2002年には4000万人に増加した。当時のヤフーは明らかに、地元のインターネット企業に比べると勢いに欠けていた。収益はわずか数百万ドルで、月間ユーザー数はわずか500万~1000万人にとどまっていたのだ。当時のネット広告の市場規模は7000万ドルに満たず、地元のライバル企業は新たな収入源とビジネスモデルを次々と試し始めており、ヤフーは大きく後れを取っていた。地元企業は我々をはるかに凌ぐ利用者を確保し、全体で1億ドル近い収益を生んでいた。

 そこで我々が講じた対策は、買収戦略だった。つまり、市場ですでに勢いに乗っており、実績が証明された地元の経営陣を擁し、さらには我々の検索サービスにプラスになる、そんな中国企業を買収することだ。ヤフーでは米サーチエンジン企業のインクトミを2002年に買収して以来、検索事業の優先度が高まっていた。

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