CxOの進化の背景

グローバリゼーションを俯瞰する

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前回、グローバル企業と日本企業の設計思想の違いがCxOのあり方に表れると述べた。子会社も「一国一城」という意識の強い日本企業では、CxOがグループの「Chief=最高」になりにくく、監督と執行が分かれていないため「Officer=執行役」に専念できていない。真にCxOを「機能」として定義する企業が少ないことも、「CxOは何のために存在するのか」を見えにくくしている。そこで今回は、CxOのあり方を形作った背景にある、グローバリゼーションの変遷とそれに伴う企業経営の変容をたどってみたい。

グローバリゼーションの変遷

 前回は、グローバル企業対日本企業という構図でCxOの機能を比較してみたが、グローバル企業のCxOは最初から現在のような役割を期待されていたわけではない。いったいどのような変遷をたどって、現在の姿になったのだろうか。

 少し回り道になるが、その変化をひも解くことは、日本企業におけるCxOのこれからのあり方を考えるための学びになるはずだ。そこで今回は、CxOの機能に影響を与える企業の「規模」と「複雑性」に視点を置いて、企業経営の歴史を振り返っておきたい。なぜなら、この2つの変化に対応してきた企業が、現在、世界を牽引しているからだ。そして、その深層にグローバリゼーションの潮流があると考える。

 諸説あるが、グローバリゼーションは、シルクロード貿易や大航海時代など”Bi-National”(1国対1国)の関係の広がりに始まると考える。その後、19世紀末~20世紀初頭には、蒸気機関などによる交通・輸送手段の発達や、英国が牽引した自由貿易によって、第1次グローバリゼーションがもたらされた。1870年から1910年で大陸間の輸送コストが半減したというデータもあり、モノの移動が活発化したことが見て取れる。

 その後、第1次世界大戦から第2次世界大戦まで、植民地と本国の貿易を主とするブロック経済化によって一時的にグローバリゼーションは停滞したという見方が強いが、終戦後に再び加速化し、20世紀後半に掛けて、第2次グローバリゼーションが進展していった。

 第2次グローバリゼーションは、冷戦構造の崩壊を挟んで前期と後期に分けて見ることができる。前期は、船舶中心から鉄道・飛行機への移行という交通・輸送手段の変化、米国を中心とした通商システムの構築が大きな要因となり、先進国がそれ以外の国から原料を輸入し、高度な製品に加工、主に先進国間で輸出入して消費するというモデルが確立された時期である。

 後期は、20世紀終盤から21世紀にかけて、新興国が生産・消費の両拠点として台頭したことから、従来モデルが限界を見せ始め、先進国と新興国が生産・流通・金融それぞれを保有し、交換が行われるようになった時期である。先進国から先進国へ、先進国から途上国へといったモノとお金の複線的な流れの「マルチナショナル」から、それらの流れが複雑に絡み合う「グローバル」への変化期といってもよい。この流れを加速させたのが、インターネットをはじめとする「つながる」「つなげる」ためのテクノロジーの登場であったことも、看過できない事象である。

 そして今、ラディカルコネクティビティやハイパーコネクティビティと呼ばれる時代に突入し始めている。人、モノ、金の物理的な移動がこれまでにない速さで活発化すると同時に、人と人のコミュニケーションのみならず、機械までもがインターネットでつながり、情報は瞬時に世界各地で共有され、人知を超えた速さで分析されて、世界中の事物があらゆるつながりを持つようになっている。この現象によって、第3次グローバリゼーションという新しい時代を迎えるという見方もある。

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