背中を押してくれる一冊に出会えた幸運
読むだけで終わらせず、理論を実践する
——ネスレ日本代表取締役社長兼CEO・高岡浩三

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2014年9月24日・25日、現代マーケティングの父・フィリップ・コトラー氏が設立した「ワールド・マーケティング・サミット」が日本で初めて開催される。世界的マーケターの来日を記念して、本連載では、彼らと縁のある日本人識者がその魅力を紹介する。第9回と最終回は、ネスレ日本代表取締役社長兼CEO・高岡浩三氏が、ポジショニング理論の大家であるアル・ライズ氏を語る。(構成/新田匡央)

アル・ライズの理論でマーケティングの基本を学ぶ

――まず高岡さんとアル・ライズ氏との出会いからお聞かせください。

アル・ライズ
ライズ&ライズ共同経営者
インディアナ州のデポー大学を卒業。ジャック・トラウトと共に、「アドバタイジング・エイジ」誌に連載した「ポジショニング時代の到来」で注目され、現代マーケティングの第一人者として知られるようになった。 1994年、娘のローラ・ライズと共にコンサルティング会社Ries&Riesを設立し、現在に至る。主な著書に『ポジショニング戦略』(共著、海と月社)、『ブランドは広告でつくれない』(共著、翔泳社)などがある。

高岡浩三(以下、高岡) 1980年代後半だったでしょうか。営業部門からマーケティング部門に異動して何年か経ってから、ネスレのスイス本社で行われている若手社員の研修に参加しました。この研修は365日行われていて、世界中に散らばっているネスレの社員が集まってきます。

 とはいえ、誰でも参加できるというものではありません。各国の支社がこれはと思った人材を本社に提案して、審査に通過してはじめて参加が許される狭き門です。クラスにいる日本人は1人か多くても2人、約2週間にわたって英語で講義を受けました。その講義のなかの一つで、アル・ライズとジャック・トラウトの二人が書いた『Positioning』(邦訳『ポジショニング戦略』)が紹介されました。

 現在、最も基本的なマーケティング用語として認識されているものに「ポジショニング」があります。このポジショニングという概念を作ったのが、アル・ライズとジャック・トラウトです。ポジショニングという言葉がはじめて使われたのは、1972年にアメリカの雑誌に連載された「ポジショニング時代の到来」という論文だと言われています。その後、アル・ライズらに『Positioning』が出版されてから、マーケティングの世界にポジショニングという概念が広がったといいます。

 興味を惹かれた私は、帰国してから原書を取り寄せて勉強しました。これがアル・ライズと私の「出合い」です。本を通じた「対話」によって出会ったと言えます。実際にはまだお会いしたことがないので、今度の「ワールド・マーケティング・サミット・ジャパン2014」でお目にかかるのを楽しみです。

 そもそも、ネスレが『Positioning』という本を紹介したということは、そこに書かれている考え方がマーケティングの基本だと、ネスレが考えていたということです。今振り返って思えば、マーケティングを実践する人間にとって、ポジショニングという考え方は誰もが理解しなければならない基本中の基本だと思います。今もなお色あせない理論だということを考えれば、早い時期に出会えたことは幸運だったのかもしれません。

――はじめて『Positioning』を読まれたとき、とくに印象に残ったことは何ですか。

高岡 当時の私は、マーケティング部門でブランディングを手掛けていました。アル・ライズの本には「ブランドとは何か」ということが明快に記述されていたので、とくに興味が湧いたことを覚えています。

 人間の頭のなかにはいくつものカテゴリーがあり、それぞれに「小さなはしご」がかかっている。そのはしごの一段一段にブランドの看板がかかっているという考えは印象的です。「商標権」は企業側が持っていますが、それは法的に商標権というものを持っているだけで、ブランドを持っていることにはなりません。ブランドは消費者の頭の中にしかないのです。

 また本の中では、人間の脳が同時に処理できる項目は7つまでである、ということが触れられています。ただ実際には、一つのカテゴリーやゼグメントで、3つ以上のブランドを即座に思い出すことは難しいでしょう。自動車の「セダン」を考えたとき、すぐに思い浮かべることのできるブランドがいくつあるでしょうか。普通の消費者は一つか二つ、車が好きで詳しい人でない限り、即座に3つ以上は出てこないのではないでしょうか。

 つまり、消費者の頭の中にある小さなはしごにかかったブランドは、上にあればあるほど強く認識されていることになります。だとすると、ブランド・マーケティングという作業は、はしご内の順序をより上位に変えたり、今はかかっていない看板を新たにかけたりすることだと考えられます。そうすることで、消費者の頭の中にブランドのポジショニングをつくり上げるのです。こうしたマーケティングの基本中の基本を叩き込まれたのも『Positioning』を読んだ成果でした。

 実際に、ネスレ日本では本に書かれたことを活かしています。たとえば、一般的に、レギュラーコーヒーは濾紙でこしていれるか、昔ながらのフィルター型のコーヒーメーカーで入れるものだという概念があります。それに対してネスレでは、挽いたコーヒー豆をカプセルに詰めることで、一杯ずつコーヒー・マシンで抽出する新しいスタイルを生み出しました。

 消費者の頭の中にこのスタイルを刷り込むために、小さい規模から少しずつ大きくしていく。そのためにはコーヒー・マシンを持っている人、あるいは欲しいと思う人の数を増やすことで、さらに多くの人の頭の中に「レギュラーコーヒーはカプセル式のコーヒー・マシンで飲む」という新しいイメージが定着するのです。つまり、市場占有率が先にあるのではなく、頭の中のポジショニングとブランドのシェアが先。市場占有率は、購買行動の変化によってあとからついてくるのです。

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