数学者が切り拓いたマーケティングの未来
世界的マーケターはいかにして生まれたのか
――立命館大学教授・鳥山正博

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数学者からマーケティング学者へと転身し、その後、ケロッグ経営大学院のディーン(院長)を務めたディパック・ジェイン教授。当時、まだ体系化が不十分であったマーケティング・サイエンスの分野を切り拓いた、彼の功績は偉大である。ケロッグ経営大学院でジェイン教授に師事した立命館大学教授・鳥山正博氏が、ジェイン教授の魅力を語る。(構成/加藤年男)

「これがマーケティングの未来だ」

――数学を専門としてきたジェイン教授が、ケロッグでビジネスを教えるようになるまでの経緯はご存じですか。

鳥山正博(以下、鳥山) それには面白いエピソードを聞いています。テキサスでPh.D.(博士号)を取った彼に、ノースウェスタン大学がアプローチをかけたそうです。しかし、彼は数理学をマーケティングに応用するという分野から来た人なので、それまで販売など通常のマーケティングとはまったく縁がなかったのです。

 面接の際も、難しい数理的な話を延々と並べ立てたそうです。するとケロッグの先生が「君が数理的にすぐれているのはよくわかったけど、君がいま述べたことはマーケティングなのか」と聞いてきた。そのときの彼の答えが奮っています。「This is the future of marketing」(これがマーケティングの未来だ)と言ったんですよ。

――ものすごい自信ですね。

ディパック・ジェイン
INSEAD教授
2001年から2009年まで、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院院長。ケロッグ経営大学院では1986年から起業研究とマーケティングの教授として教鞭を執るなど、教育者とビジネススクールの経営者として特筆すべき経歴を有している。その後、INSEADへと移り、学長も務めた。

鳥山 たじろがずに平然とそんなことを言ってのけて、相手を唸らせるのがジェイン先生らしいところです。今、ビッグデータがブームになっていますが、1980年代のアメリカでも同じようなブームが巻き起こり、マーケティング界の大きなうねりとなりました。

 彼はその波に乗って、マーケティング界に入ってきた人です。それまで心理学出身の学者たちが研究してきて、厳密な意味での数理的モデルや実証的なモデルになっていなかった理論を、次から次へと数理的なモデルに組み上げてきたのが彼なのです。

 そのため、彼の研究分野は多岐にわたっています。プライシング戦略もやるし、市場構造分析もやっています。さらには最適なプロダクト・サンプリング(新商品の拡大のためのサンプリングの最適化)など、テーマは何でもござれです。どれも数理的に扱えるところが彼の武器です。

 ちょうどそのころ、IRI(Information Resources, Inc)という会社が、テスト・マーケットにおいて、視聴率と購買を同じサンプルから取れるシングルソース・データ「Behavior Scan」を発表して大きな話題となりました。これは、コマーシャルで売上がいくら上がったかという効果測定もできるうえ、ケーブルテレビでの再送信を用いてコマーシャルを差し替えてのA/Bテストが可能というとても先進的な仕組みでした。

 また、A.C.ニールセンとIRIが全国のスーパーから買い集めたスキャナー・データでSKU(最小管理単位)の全米の売り上げデータを提供を始めたのもこの時代です。これらはビジネス界のみならずマーケティング学界にものすごいインパクトを与え、それから10年はそれに関する論文だらけだったと言っても過言ではありません。

 マーケットシェアなどを割り出すためのPOSデータをベースとしたデータと、サンプル数は少ないけれども実証的に因果関係がわかるシングルソース・データ。それから、顧客データもそうですね。例えばエアラインでは、マイレージでIDがわかるため、マイルが溜まるという仕組みが一般的になりました。これによって、購買履歴データやマイルを何に交換したかとかいうプロモーション利用履歴データも付いてくるわけです。それもまたこの時代に登場し、この3つの大きなデータの塊が、マーケティングを大きく変えたのです。

 マーケティング・サイエンスの分野は、それで花開きました。それまではアンケートを集計してモデルにすることしかできなかったわけですから、ものすごいイノベーションだと言えます。

 ただ、今のビッグデータと同じで、データの量は厖大でも、十分に解析や分析ができていませんでした。ジェイン先生は、その数理的なモデリングについて次々と論文を書いています。おそらく50本ほど発表したのではないでしょうか。掲載誌も『マーケティング・サイエンス』『ジャーナル・オブ・マーケティング』『マネジメント・サイエンス』など、トップ・ジャーナルばかりです。

――分析する技術と知識を持つから解析できたということですね。ジェイン教授は、この分野を牽引されていた人物だと言ってよいでしょうか。

鳥山 そうです。彼の論文はすべて数理モデルと実証モデルです。なかには数理的な、式の展開だけで構成されているような論文もあれば、実際のデータを使って実証している論文もあります。トピックは非常に多岐にわたり、当時のマーケティング・サイエンス界の大家であるフランク・バスとの共著論文もたくさんあります。フランク・バスのほうが年上なので、たぶんバス先生にかわいがられて、共著論文をたくさん書いたのでしょうね。

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