チョーク一本で学生を圧倒する存在感がある
ジェイン教授に学んだマーケティングの最先端
――立命館大学教授・鳥山正博

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2014年9月24日・25日、現代マーケティングの父・フィリップ・コトラー教授が設立した「ワールド・マーケティング・サミット」が日本で初めて開催される。世界的マーケターの来日を記念して、本連載では、彼らと縁のある日本人識者がその魅力を紹介する。第5回と第6回は、立命館大学教授・鳥山正博氏が、ケロッグ経営大学院院長、INSEAD学長を歴任したディパック・ジェイン教授を語る。(構成/加藤年男)

チョーク一本で学生を圧倒する存在感があった

――まずディパック・ジェイン教授と鳥山先生の出会いからお伺いします。

鳥山正博(以下、鳥山) 彼がケロッグで教え始めたのも、私が入学したのも1986年でした。私が入ったクラスは、ジェイン先生がおそらく初めて受け持ったクラスだったと思います。彼はマーケティング・リサーチと商品開発を教えていましたが、私はその両方の授業を取っていました。妙な縁ですが、私はいま大学でマーケティング・リサーチと商品開発の授業を担当していまして、まさにジェイン先生に教わったものを教えていることになります。

 彼の印象で強烈だったのは、いつも教室にチョーク1本だけで現れることでした。ほかには何も持ってこない。最初の授業のとき、学生に順番に自己紹介させたのですが、彼は一巡で全員の顔と名前を覚え、「はい、○○さん」と名指しするのです。60人もいるクラスですよ。それでもう、学生は度肝を抜かれて、圧倒されてしまうんですね。

 ジェイン先生は、毎回、やることは全部、頭の中に入れていました。マーケティング・リサーチのクラスでは、いろいろな数式を使います。それがまた人を食ったような授業で、「じゃ、この数式を展開してみよう」と言って、黒板にソラで問題だけを書き始める。それを一目見てから、「この答えはこれだね」と言ってスラスラと答えだけを書くのです。

 それを見た学生は、何のことやらさっぱりわからない。すると、「え!わからないないの?」ととぼけて見せて、「じゃあ、これなら」と、8行くらい展開が必要な式の真ん中あたりの1行だけを書く。で、「え!まだわからないの?」って(笑)。最後は展開式を全部書いてくれますが、一つの間違いもありません。途轍もない能力とユーモアのセンスを持った先生でした。

 ただ、先生には弱点もありました。彼はケロッグの教授になるまではずっと数学をやっていたので、商品開発については何も知らなかったのです。教科書に書かれていることは100%頭に入れていたものの、そこにないことを質問されると実は困ったそうです。授業自体は自信満々で進めていましたから、さすがだなと思っていましたが、「内心はひやひやものだった」という話を後日、本人から聞いた覚えがあります。

――商品開発のクラスでは具体的にどんなことを学ばれたのですか。

ディパック・ジェイン
INSEAD教授
2001年から2009年まで、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院院長。ケロッグ経営大学院では1986年から起業研究とマーケティングの教授として教鞭を執るなど、教育者とビジネススクールの経営者として特筆すべき経歴を有している。その後、INSEADへと移り、学長も務めた。

鳥山 コンジョイント分析をひたすらやりました。コンジョイント分析とは、たとえばマンションを買うときにいろいろな条件がありますよね。駅から何分とか、何十平米だとか、南向きかとか。そうした変数のどれが、どれだけ効いているかを分析する方法です。

 居住面積を10平米増やすとどれくらいお金を取れるか、駅からの徒歩時間を5分短縮するといくら高く価格設定できるかということを計る手法で、たとえばそれらの変数をランダムな組み合わせにしたカードを18枚用意して、回答者にその18枚のカードを良いと思う順番から並べてもらいます。一番いいカードと一番悪いカードは、だいたい共通しているのですけど、その間にあるカードの並べ方は人によって違います。それによって、その人が何を重視しているかがわかるのです。

 南向きをすごく重視している人であれば、家を南向きにすることによって何百万円かプラスして払ってくれるはずだ。そうしたことを計算するのがコンジョイント分析です。商品の機能間のトレードオフを正確に計って、正しいプライシングをするためなどに使われます。商品開発で使うマーケティング手法の一つですが、数学的要素が強かったこともあってか、彼はそれをひたすら深く教えてくれました。

――鳥山先生がジェイン教授のもとで研究されたことを教えてください。

鳥山 牛タン弁当などに使われている、紐を引っ張ると食べ物を瞬時に温めることのできる技術がありますよね。当時も、お酒を一瞬で燗できるものが日本にありましたが、アメリカにはその手の商品は存在しなかったのです。そこで、それを使ってスープを温めるという商品を想定して、その商品設計とローンチ戦略を考えるプロジェクトをやりました。またちょうどその頃、ホンダから「アキュラ」が発売され、「レクサス」も発売が予定されているという、日本発の高級車市場が本当に定着するかというタイミングだったので、それを私たちのグループのテーマにした覚えがあります。

 私は当時、野村総研に勤めていて、そこでは数理的なモデリングを研究していました。マーケティング全体からするととてもニッチな分野なのですが、最初はそれこそがマーケティングだと思っていたのです。でも、ジェイン先生をはじめケロッグで学んだことで、マーケティングはもっと広い世界だということがわかりました。その意味で、私にとって留学は有意義でしたね。

 そのなかで自分の専門性をさらに進化させようと思って師事したのが、やはりジェイン先生でした。オフィスアワー(教員への個別の質問・相談時間帯)など別途のアポを取って特別にいろいろ教えていただいたことを覚えています。

 例えば、アメリカのマーケティングはセグメンテーションを重視しますよね。顧客層を細分化して、特定の顧客層を狙えということです。ただ、日本では流行要因のほうが大きく、セグメンテーションよりも重要だと漠然と感じていました。要するに一億総何とかで、「スーパードライ」が流行れば、みんなが「スーパードライ」を選ぶといったことです。それをモデル化できないかと、ジェイン先生に相談したりしていました。

――ジェイン先生は日本のビジネスにも関心を持たれていましたか。

鳥山 そう思います。本格的に関心を持ったのは、彼がケロッグのディーン(院長)になったのち、日本の大手企業数社にエグゼクティブ・エデュケーションの個別プログラムを設計して、商品化してからでしょう。通常のマーケティングのエグゼクティブ・コースの場合、多種多様のケースが出てきて、まったく違う業種のことを考えさせられることもあります。しかし、企業としては自社が直面している問題だけをみっちりと学ばせたい。そのためにカスタマイズしたプログラムを開発したわけです。その仕事で、ジェイン先生は日本に何度か来ていました。企業の立場でものを考えるということは、彼にとっても非常に大きなきっかけになったと思います。

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