空気に流されず、正しい決断を下すには

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人生の最後になって、もっと自分に正直に生きればよかったと後悔する。こんな事態を避ける方法としてマキューンが勧めるのは、信念に基づく「ノー」を恐れないこと、そして3つの習慣を実践することだ。


「深い信念から発せられる『ノー』は、単に相手を喜ばせるための『イエス』よりもよい。面倒を避けるための『イエス』よりもはるかによい」――マハトマ・ガンジーの言葉である。彼が世界の舞台でこの信念を貫いたことは誰もが知っている。だが同じことを、私生活で自身の孫であるアルン・ガンジーに対しても実践していたことはあまり知られていない。

 南アフリカで育ったアルンは、少年時代に2度殴られたことがある。1度は肌の色が白すぎるという理由で、もう1度は肌の色が黒すぎるという理由で。怒りが収まらなかったアルンは祖父の元へと送られた。私とのインタビューで、アルンはこう語ってくれた。祖父マハトマは、大勢の重要人物たちから必要とされていたにもかかわらず、孫との時間を優先し、18カ月にわたって毎日1時間を割いてくれた――アルンの話にただ耳を傾けるためだけに。このことが、アルンの人生の転機となった。

 私自身にも、ガンジーに倣って私生活で優先順位をつける機会があった。娘が生まれる数時間前のことだ。私は翌日のクライアントとの会議に行くべきか迷っていたが、自分が何をすべきかわかってもいた。明日ぐらいは、妻と子どものそばにいなければならない。

 クライアントから明日の会議に出席するか尋ねられた時、私は持てる信念のすべてを奮い起こしてから、こう答えた。「イエス」

 お恥ずかしいことに、妻が生まれたばかりの赤ん坊と病院のベッドに横たわっている間、私は会議に出ていた。その後、同僚にこう言われた。「出席の決断を下した君に、クライアントは敬意を表するだろうね」。だがクライアントの顔を見た時に感じたのはこうだった――「自分はここで何をしているんだろう!?」。私はガンジーの言葉を実行に移すことができなかった。相手を喜ばせるために「イエス」と言ったのだ。

 結局、この会議からはまったく何も生まれなかった。しかし、もしもクライアントが私の選択に実際に敬意を示してくれたとしても、あるいは重要なビジネスチャンスが得られていたとしても、私が愚かな取引をしたことには変わりない。妻は日頃から私を支え、私が正しい選択をするものと信じてくれていたのに、私は妻と子どもの優先順位を下げる選択をしたのだ。

 なぜ、そうしてしまったのか。白状することが2つある。

 まず、私は正しい判断を下すことよりも、社交上の気まずさから逃れることを優先した。会議への出席がどうしても必要だったわけではない。しかしクライアントを喜ばせようと思いすぎるあまり、電話での気まずい沈黙ですら耐えられなかったのだ。社交上の苦痛をなくしたいがために、私は正しい答が「ノー」とわかっているのに「イエス」と言った。

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