「二兎追うものは一兎をも得ず」はなぜか

トレードオフ・マネジメント【第1回】

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早稲田大学ビジネススクールの教授陣がおくる「早稲田大学ビジネススクール経営講座」がスタート。初めに登場して頂くのは経営戦略がご専門の淺羽茂先生だ。トレードオフ・マネジメントをテーマに全5回でお送りする。

トレードオフ=経営の核心

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淺羽・茂(あさば・しげる)早稲田大学ビジネススクール教授。1985年東京大学経済学部卒業。94年東京大学より、博士(経済学)取得。99年UCLAより、Ph. D(マネジメント)取得。学習院大学経済学部教授を経て2013年より現職。 主な著書に、『競争と協力の戦略』(有斐閣)、『日本企業の競争原理』(東洋経済新報社)『経営戦略の経済学』(日本評論社)、『ビジネスシステムレボリューション』(NTT出版)、『企業戦略を考える』(日本経済新聞出版社)『企業の経済学』、(日本経済新聞出版社)『経営戦略をつかむ』(有斐閣)

 数年前、『トレードオフ』(K. メイニー著)という本が話題となった(注1)。この本には、次のような事例がちりばめられている。「手軽さ」を追求して成功したアマゾン、i-Tunesとi-Pod、ウォールマート、ESPN(米国のスポーツのテレビ番組)。「上質」を追求して成功した個性的な独立系書店、iPhone、高級ブティック、NFLの試合中継。

 一方、手軽でも上質でもないために失敗した製品や、手軽かつ上質を狙って失敗した製品の事例も挙がっている。著者は、手軽さと上質とはトレードオフ(二者択一)であり、どちらか一方に努力を集中させるべきであるという。二兎追うものは一兎をも得ず、戦略とは捨てることだという主張である。

 「手軽さ」と「上質」は典型的な対立概念だが、これまで経営(学)では、これ以外にもさまざまなトレードオフが取り上げられてきた。『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』で、D. ドッドとK. ファバロは、ビジネスには同時に実現させるべきだが対立しがちなさまざまな目的があると指摘している(注2)。そのなかでも顕著なものとして、「収益性」と「成長性」、「短期志向」と「長期志向」、「全社業績」と「事業ユニットの業績」を挙げている。それ以外にも、組織論における「安定」対「変化」や「効率性」対「創造性」、イノベーション研究における「継続的改良」対「破壊的革新」、国際経営における「グローバル統合」対「ローカル適合」というように、トレードオフの例は容易にいくつも挙げられる。

 このように、組織が追求すべき目的(価値)が複数あり、それがトレードオフだということは、さまざまなコンテクストで、繰り返し指摘されてきた。これまで経営学は、トレードオフをいかにマネジメントするかについて研究してきたと言っても過言ではないだろう。目的が1つしかないのなら、それを全力で追及すればよい。達成するのは大変かもしれないが、意思決定は単純である。しかし、目的が複数だと、各々の目的を追求するために、どのように資源を配分するかを決めなければならない。複数の目的がトレードオフだと、この意思決定は極めて難しくなる。それゆえ、トレードオフのマネジメントが経営学の対象となってきたのであろう。

 冒頭に挙げた『トレードオフ』の著者が主張するように、二兎追うのではなくどちらか一方に努力を集中させるというやり方(以下、一兎戦略と呼ぶ)は、トレードオフのマネジメントの1つの方法である。中途半端はいけない、いずれかに集中せよという主張はわかりやすい。多くの経営者、研究者がこの主張を展開している。しかし、これまで経営学のさまざまな分野で考えられてきたトレードオフのマネジメント方法は、一兎戦略だけではない。2つの目的(価値)をバランスよく組み合わせて、同時に両方を追求する方法も提案されている。そこで、この連載では、あえて二兎を追う方法を中心に検討する。

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