失われた価値を求めて、経験を超える

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「失われた価値」を世界にもたらす企業に、私たちは熱狂する。「失われた価値」の見出し方を中心に、岩井克人氏の資本主義論、パンクセップ教授の感情の脳科学を用いた実戦での戦い方を示す。戦略論のフロンティアを探る好評連載の最終回。

 

石となる硬貨

 視力を失った後も、夢の中で虎を見ることを好んだ男、すなわちJ.L.ボルヘスは、ハーバードの『詩学講義』で表現について語った。その結論が、次の科白である。

「私の考えでは、われわれは暗示することしかできない」(注1)

小栁 祐輔
(こやなぎ・ゆうすけ)

博報堂コンサルティング コンサルタント
東京大学経済学部卒業。同大大学院経済学研究科修了。(修士論文指導教官:岩井克人教授) 大学院修了後、Credit Suisse証券投資銀行部門入社。その後、PEファンドにて、投資先企業の取締役としてバリューアップ業務に従事。米系戦略コンサルティングファームMonitor Groupを経て現職。

 作家のための作家とも呼ばれ、同時代の誰よりも、文学に精通していた彼の言葉を、私たちは聞き捨てにすべきではない。

 これは言葉を使った書き物なら全てにあてはまる。もちろん、ビジネス本についても同様である。そこで私たちが手にするのは、暗示に過ぎない。ここに落とし穴がある。

 何かしらすぐに使える知識を得た。ビジネス本では特にそのような勘違いを起こしやすい。なぜなら、そこには夢や鏡、無限の図書館、もちろん、悠然たる虎も出てこない。美しくない以上、実利を求めたくなるのは、むしろ必然である。

 結果、土日にスタバで読み終えたビジネス本を閉じ、月曜日のオフィスに戻った際に、大きなギャップを感じるのである。使えるはずの知識は、現実には歯が立たない。小奇麗なフレームで整理され、How toの順序も並んでいるにも関わらずである。私たちは新たに握った硬貨が、ただの石だと気づくのである。では、私たちはそこで何を読んだのか。

次のグーグルになるには

 ビジネス本が実際に伝えるもの、すなわち、暗示するものとは何か。それは作者の「世界の見方」に他ならない。成功企業のケースから共通の要素を抽出し、また群れとして統計的に処理をしたとしても、それが主観を離れた本物の科学になることは稀である。

 なぜそのケースを選んだか、なぜその統計的な手法を、数字を選択したのか。どんなに客観的に見せても、作者の主観を脱することは難しい。大半はケースを使い、統計的な記号を使って、元々持っていた作者の主観を語っているに過ぎない。

 結果、一枚一枚皮をむいて行けば、その核にある作者の経験に辿り着く。そして、よく書かれたビジネス本を読んで、私たちが何か分かった気になるのは、この核のおかげである。私たちと作者は同時代の記憶を共有し、同じような言葉を使っている。そのため、彼が自分の経験に基づいて語ったものは、私たちの経験にも則しており、容易に飲みこめるものとなる。共通の経験に新しいラベルを付けて与えられれば、私たちのSEEKING回路が、既存の記憶との因果を自ずと結んでくれる。それはよく腹に落ちるものである。

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