カントと居酒屋と漱石:
熱狂を生む企業とは

1

熱狂(マニア)を生む特別な会社と、そうではない会社との差はどこに起因するのか。気鋭の経営コンサルタントが、岩井克人氏との対談から新しい競争戦略を探る第3回。

 

信頼される法人

 無限の選択肢を前に、私たちは覚えず腕組みをする。

 レビューの星の数に従えば、欲するものに行きつくとは限らない。大勢が良いと言った平均値は、実際の価値からも、自分が本当に欲したものからも、乖離することが常である。だから、任せたい。信頼出来る企業に任せることで、情報と選択肢の無限地獄から脱したいのである。

 そして、市場には、信頼できる会社と、そうではない会社がある。そして、人の世と同じく、信頼できる会社の方が、その数は少ない。だから、そのような会社に接したとき、私たちは尊敬の念と、深い結びつきを感じるのだ。では、どのような顔をすれば、消費者から信任・信託を受け得るのか。信頼できる医師のように、その商品分野を任せてもらえるのだろうか。

 

旅の仲間カント

 ここで岩井先生との議論がカントに至ったのは、自然である。なぜなら、倫理について、経験主義的な教訓論に堕すことを潔癖に忌み、理性的に考えたのがカントであるからだ(注1)。彼は経験からのみ理論を導くことは、不可能であると言った。そして、理性的に考えたからこそ、彼の道徳哲学は、普遍性を持つ。彼が学問の理想としたニュートン力学と同じようにである。

 それは、その適用範囲が人間に限らないほどの普遍性を持ち、理性的な存在であれば、人であろうと、法人であろうと、宇宙人にもその道徳哲学が適用される。

 どうすれば信頼される法人になるのか、カントの道徳哲学からのヒントは、経験と理論をごちゃ混ぜにした事例研究からは得られないものである。

 岩井先生は、カントの次の言葉を引かれた。

「自分及び他人を単に手段としてではなく、少なくとも単に手段とするのではなく、目的としても扱わなければならないということ」

 カントの道徳哲学の数少ない前提の1つは、理性的な存在は、幸福を求めて生存するという目的を、生まれながらにして持つということである。だから、他人を手段として「のみ」扱ってはならない。客を利益を得る手段としてのみ考える企業は、客からの信頼を得ることはない。私たちが目的を持つ存在であるという前提を、踏み外しているからである。利益のみを追求する医者に、己の身体を任せるものはいないことと一般である。

 ジョブズが客を利益を得るための手段としてのみ、考えただろうか。いや、そうではない。少なくとも、そうではないように、1人の客としての私には感じられる。

 逆に、信頼できない会社を思い浮かべてみる。経営者がどんなに高尚な哲学を語っても、その会社が実際には客を利益の手段としてのみ考えていることは、すぐに知れる。それは商品自体、その広告、従業員の態度から、瞬時に察せられる。「そっちがその気なら、こっちも上手く使ってやろう」という気にさせ、信頼することを難しくする。

次のページ  歴史と経営者»
1
無料プレゼント中! ポーター/ドラッカー/クリステンセン 厳選論文PDF
Special Topics PR
語られない競争戦略」の最新記事 » Backnumber
今月のDIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー
最新号のご案内
定期購読
論文オンラインサービス
  • facebook
  • Twitter
  • RSS
DHBR Access Ranking