自らの非を認めなければ
信頼も成長機会も失う

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業績悪化の原因をよその部門や製品のせいにすれば、一時的に気が楽になるかもしれない。しかし責任転嫁をしないこと、みずから責めを負うことには、さまざまなメリットがあるという。その原理をブレグマンがわかりやすい言葉で示す。


 ニューヨーク市グリニッジ・ビレッジの知人宅で開かれたパーティーに参加した時のことだ。部屋は混み合っていて、収容可能人数の2倍はいた。犬まで混じっていた。それはくだけたイベントで、みんながキッチンに出入りし、料理をつくったり片づけたりしていた。

 私が皿を洗っていると、背後で犬がキャンキャン吠えている。振り返ると、1人の女性がその犬に悪態をつく姿が目に入り、犬は台所から走り去った。どうやら彼女が犬の脚かしっぽを踏んだらしい。

「気をつけなさい!」と彼女は走り去る犬に向かって叫ぶ。そして私と目が合うと、こう言った。「いつも邪魔ばかりするのよ」

 本当だろうか? 犬を踏みつけたくせに、犬を責めるなんて。よくそんなことができるものだ。

 だが実際のところ、私たちの多くが同じことをしている。

 他人を責める(責任を転嫁する)行為は、幼い頃に始まる。たいていは親の怒りや罰から逃れるためだが、同時に、自尊心と自己イメージを保つためでもある。やがてこの行動パターンは定着し、大人になっても往々にして同じことを繰り返すようになる。私と同様にあなたも、組織の中で他人を非難する人たちをしょっちゅう見かけるはずだ。

 部門レベルのせめぎ合いも多い。たとえば売上げが低迷している販売部門は、製品の質の悪さを責める。製品部門は、無能な販売チームやたるんだ製造部門を責める。部門や製品のせいにしておけば、個人に責めを負わせるよりも安全に感じられる。個人攻撃には見えないし、組織改善の試みとして通用する。それほど保身的にも見えないだろう。しかし、これは生産的とはいえない。責任の所在が明らかになれば、ごまかしがばれてしまうからだ。

 数年前、私はある証券取引所の幹部たちとの会議に出席していた。彼らはその年の目標設定に苦労していた。全員の上司であるCEOは、その場にはいなかった。

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