人を説得するのにテクニックはいらない

DHBRインタビュー

1

本誌2014年1月号(12月10日発売)の特集、「人を動かす力」。今回は説得分野研究の第一人者である、日本説得交渉学会会長の榊博文氏にお話を伺った。同氏は「認知の陰陽理論」という学説を提唱し、従来の学説を覆すような実験結果を得たうえで、社会現象への応用に取り組んでいる。日々説得によって人を動かそうとする私たちは、この新しい理論から何を学べるだろうか。

 

「認知の陰陽理論」とは

編集部(以下青字):説得とはどのような定義によるもので、なぜ必要なのでしょうか。

榊(以下略):人の態度を変えることが説得です。態度を変えない限り、人の行動は変わりません。そして、態度を変えさせるためにはいくつかの方法があります。命令や脅迫、洗脳といった手段もその1つですが、説得はそのなかでももっとも民主的かつ合法なものです。
 説得は命令や脅迫といったものと異なり、被説得者に「説得を聞き入れない」余地があります。ただ、命令や脅迫による態度変容は一時的なものですが、説得は長期的に効果が持続します。洗脳も効果は持続しますが非合法な手段ですので、やはり説得は人の行動を変える上で重要です。

――説得学の分野で、新しく「認知の陰陽理論」を提唱されました。なぜ、新しい理論を構築されたのでしょうか。

 人が他者を説得するのは、そこに何らかの意見の食い違いが生じているからです。私はその意見の食い違いに着目し、説得的コミュニケーションと相手の意見変容との間にはいかなる関係があるのか、研究を進めてきました。
 従来の諸理論、例えば認知的不協和理論によれば、意見の食い違いが大きくなるにつれ、その「認知的不協和」を解消するために自分の意見を変えるようになる、と言われています。また、その不協和もある一定ラインを越した場合には逆効果となり、説得側が意図したのとは逆方向に意見が傾いてしまうとも言われています。前者の効果を順効果、後者の効果をブーメラン効果と呼んでいます。意見が一致している際には意見変容は起こらないとしています。他の理論も基本的立場は異なるのですが、食い違いが大きい時にブーメラン効果が生じると予測しています。
 私はそうした理論の妥当性を検証する実験を行ったのですが、実際には予測と異なる結果が得られました。つまり、相手との意見の食い違いが大きいときに順効果が生まれ、相手と同じ意見を言ったときにブーメラン効果が発生する、というものです。この点については、さまざまな条件を変えて何度も何度も実験を繰り返したのですが、それでも結果は変わりませんでした。それどころか、世界中で似たような結果が得られており、特に意見の食い違いが非常に大きいときにブーメラン効果が発生したという研究結果は1つもありません。だからこそ、新たな理論が必要であると思ったのです。私はいかなるトピックにも陰(負)と陽(正)の二面性があると考え、これを基に認知の陰陽理論を構築しました。

――認知の陰陽理論とは、具体的にどのようなものでしょうか。

 たとえば「喫煙」というトピックを考えたとき、「タバコはおいしい」という陽の認知があります。その半面、「タバコは体に悪い」という陰の認知があります。人は陰と陽、それぞれの認知を併せもち、そのバランスから自分の意見を表明するのです。つまり、陽の認知が大きければ積極的な喫煙者となりますし、陰の認知が大きければ嫌煙家ともなるわけです。これが人の「意見」「行動」です。このとき、喫煙者においては陽の認知が顕在化していますが、陰の認知はなくなったわけではなく、潜在化しているだけで常に顕在化しようという力が働いています。認知の陰陽理論とは、この潜在化した認知を説得的コミュニケーションによって顕在化させる原理を解説したものです。
 喫煙の例で考えましょう。仮にタバコをやめさせようと思った時は、相手の意見を「陰の意見」に変える必要があります。説得者が「タバコは体に悪いからやめるべきだ」と言った場合、「陰の意見」を表明したことになります。説得者の意見は、喫煙者の潜在的な「陰の認知」を刺激します。この場合「陰の認知」が増幅されることで、喫煙者は「少し本数を減らそうかな」という動き(順効果)になります。一方で同じ喫煙者に対し、喫煙者と同等程度の「強い陽の意見」を表明すると、ブーメラン効果が発生して、喫煙者は「おいしいが体に悪い欠点もある」といった「陰の認知」が増幅するのです。このように人の意見は、説得的コミュニケーションを受けることで、より中立に近づこうとする傾向があります。つまり、タバコをやめさせようとする場合、どちらも効果があるのです。

――なぜブーメラン効果が発生するのでしょうか。

 自分と同じ意見を聞いたとき、無意識にその意見と違う点を探したり、反対理由を考えたりしたくなるのが人間の心理です。その心理をつくことで、意見変容が起きるのです。このブーメラン効果というのは、特に相手を思いやる立場にいる人が使う説得としては、非常に消費エネルギーが小さく、かつ効果が大きいものです。
 例えば、勉強を嫌がる子ども(「陰の意見」)に対して「勉強しなさい」(「陽の意見」)と言い続けるよりも、「じゃあ勉強しなくていい」(「陰の意見」)と言った方が、子どもは勉強する気になるでしょう。上司から「もっと頑張れ」と言われ続けるよりも、「きみはその程度でいいよ」と言われた方が、もっと頑張らないといけないと思うのではないでしょうか。

――額面通りに受け取ってしまうこともあるのではないでしょうか。

 そうしたことももちろん起こり得ます。そうならないためには、説得者がどれだけ信頼を得ているかが重要になってきます。信頼されていなければ「勉強しなくていい」と言った説得は奏功しないでしょう。「勉強しなさい」と言ったとしても同様です。信頼しており、かつ自分を思いやってくれる立場の人から突き放されると、人は突き放されまいと態度を変容させるのです。しかし、一般論として、人は自分の立場と同じ立場を強調されると、「自分の立場は間違っているのではないか」と考えるのが普通です。

 

1
無料プレゼント中! ポーター/ドラッカー/クリステンセン 厳選論文PDF
Special Topics PR
DHBR Featureインタビュー」の最新記事 » Backnumber
今月のDIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー
最新号のご案内
定期購読
論文オンラインサービス
  • facebook
  • Twitter
  • RSS
DHBR Access Ranking