人生は、評価のためにあるのではない

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他者からの評価が常に気になる。支持や称賛を得たいけれど、思うように得られず不満を抱えている。そんな人へブレグマンが贈るメッセージは、いまこの瞬間を“感じる”ことの効果だ。


 エリナーと私は結婚式の前夜、家族と親しい友人たちに囲まれ、大広間の中央にぎこちなく立っていた。それはリハーサルだったので、本来なら居心地が悪い理由などなかった。しかし、私たちはみんなの注目を浴びていたし、リハーサルはスムーズに進んではいなかった。ラビ(ユダヤ教の宗教指導者)もカントル(教会音楽家)もまだ来ていなかったため、どこに立ち、何を言い、何をするべきなのか、私たちには皆目わからなかった。

 この日を迎えるまでに11年の歳月を要し、その間には少なからぬ苦労があった。エリナーはキリスト教聖公会派で、助祭の娘である。私はユダヤ人で、ホロコーストの生き残りの息子だ。結婚前に双方の両親の意見は、ただ1つの点で一致していた――結婚は認めない、と。

 友人でメソジスト派の牧師であるスー・アン・ステッフィー・モローが、まだ姿を見せないユダヤ教の司式者の代役を引き受けてくれた。リハーサルを取り仕切り、みんなを定位置に立たせ、祈りの言葉を捧げ、絶妙のタイミングでジョークを言っては雰囲気を盛り上げてくれた。

 リハーサルが終わる頃には、私たちもだいぶリラックスしていた。この時、スーがエリナーと私にくれたアドバイスは、今も私の心に深く刻まれている。

「明日は、2人の人生で一番大事な日ね。何百人という人たちがあなた方に注目するでしょう。でも、これを覚えておくように心がけてね。結婚式はパフォーマンスではなく、経験だということを」

 彼女が(「覚えておいてね」ではなく)「覚えておくよう心がけてね」と言ってくれたのは、なるほどと思う。一見簡単そうだが、現実には非常に難しいことなのだ。というのは、私たちがやることのほとんどは、(評価の対象となる)パフォーマンスのように感じられるからだ。学校では点数をつけられ、仕事でも業績評価を受ける。競争で勝ち、肩書きを獲得し、賞賛を得て、ときに名声も手に入れる。このすべては、パフォーマンスの成果なのだ。私たちはパフォーマンスによって収入を得ている。会議を進行したり、廊下で立ち話をしたり、eメールを送ったりするようなささいな行動にも、暗黙の問いが常につきまとう――「それで、その結果はどうだった?」

 言ってみれば、私たちは人生をパフォーマンスと見なしている。なぜなら、実際にそのようなものだからだ。自分が他人に評価を下されている、という感覚は、多くの場合その通りだ。正直に言えば、他人に評価されているだけではない。ほとんどの人が、他人を評価するためにかなりのエネルギーを費やしている。それによって、自分が評価にさらされているという感覚がますます強くなる。そして成果を上げたいという欲望が高まる。

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