日東電工から学ぶ
事業領域の持続的拡大

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半導体事業から水ビジネスへ。
華麗な変貌はいかにして実現したか

 1つ事例を見てみよう。半導体ビジネスから水ビジネスへという、素人にはまったく関係がないように見える事業展開が、じつは三新活動の結果なのである。

 日本の半導体産業が世界を制覇した20世紀末、半導体工場の建設ラッシュが続いた。半導体は製造する過程で多くの水を使うため、その工業水を浄化する装置が必要となる。日東電工は、この工業水を浄化する膜――逆浸透(RO)膜の有数のサプライヤーとして時代を謳歌していた。

 しかし、日の丸半導体はその後、急速に衰退していく。新規工場の建設需要がパタッと止まった中、日東電工は、苦し紛れに既設ラインに設置された膜の洗浄や交換といったメンテナンスサービスを手掛けることにより、細々とメシを食いつないでいった。逆浸透膜の製造技術からメンテナンス技術へと、技術の軸をずらしていったのである(「新」技術開発)。

 こうして糊口をしのいでいる間に、半導体に代わる成長市場を探し求める。狙ったのは海水の淡水化ビジネスだ。水はこれから最も希少価値の高い資源の1つだと言われており、海水淡水化は世界的に大きな需要が見込まれている。半導体用の工業水浄化膜に使われていた逆浸透膜を、海水淡水化という新しい用途にずらすことで、斜陽事業から急成長事業への転換を実現したのである(「新」用途開発)。

 しかも、単に膜の製造技術のみならず、新しく展開してきたメンテナンス技術もセットで提供する。この2つを掛け合わせることで、海水淡水化のオペレーションの一翼を担うソリューションプロバイダーという持続性の高い事業モデルを確立したのである(「新」需要創造)。

 三新活動の原理そのものは、決して目新しいものではない。経営学の系譜を紐解けば、経営戦略論の父といわれるイゴール・アンゾフが、半世紀前に提言した「アンゾフの成長マトリクス」そのものであることにすぐ気づく。

 日東電工が突出した成長を続けられたのは、この古い教科書にでている原理を、50年もの期間、ぶれることなくひたすら繰り返し続けてきたことにある。理念先行型の「三新戦略」ではなく、「三新活動」として現場の運動論に落とし込むことができたところに、同社の非凡さがあるのだ。

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