メールに「ありがとう」の返信は不要?

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メールを受け取るたびにお礼の返信をするのは、デジタル時代にはもはや不要だ、という意見がある。しかし、大量のメールに目を通していると、その1通1通の背後に書き手がいることを忘れてしまいがちになる。「ありがとう」と伝える気持ちと行為がますます失われつつある現状に、ブレグマンが警鐘を鳴らす。


 ジョンは販売会社のCEOである。ある会議で、数階層下のスタッフであるティムの仕事ぶりに感銘を受け、本人宛にeメールを送り、そのことを伝えた。ところが、ティムから返事は来なかった。

 1週間後のある日、ティムはジョンのオフィスにいた。管理職のポストに空きが出たため、志願していたのだ。合格すれば昇進できる。メールを受け取ったかどうかジョンが尋ねると、ティムは「はい」と答えた。「どうして返信をくれなかったのだろう?」とジョンが尋ねると、ティムは答えた。「その必要はないと思いました」

 ティムは間違っていた。ジョンのメールは、少なくとも「ありがとうございます」の一言に値するものだった。

 結局、ティムは昇進できなかった。CEOからのポジティブなフィードバックに対して、お礼の返信をしなかった――たったそれだけで、昇進の機会を逃したのだろうか? いや、そうではないだろう。とはいえ、もっとふさわしい人物を選ぶべきだ、とジョンに思わせる一因になったのはたしかだ。

 些細なことにこだわりすぎだ、あるいは人を見る目がない、などとジョンを非難する前に、「ありがとう」と言うことの意味を考えてみよう。

 まず、お礼の返信には、メールを受け取ったことを相手に伝えるという意味がある。しかし、毎回お礼のメールを送る必要はないという意見も少なくない。メールボックスがいっぱいになってしまうから、というのがその言い分だ。だが、私はこの意見には反対だ。受け取ったすべてのメールに返信している。「ピーターは私のメールを受け取ったのかな? どう思っているのだろう?」などと、相手に不安を感じさせたくないからだ。「ありがとう」と返信するのに要する時間はたった3秒。そのひと手間で、発信者が始めたやり取りが完了するのだ。

 しかし、感情のこもったメール――称賛のメッセージなど――には、もう少し長い言葉を返すべきである。単に「あなたのメールを受け取りました」という意味の「ありがとう」ではなく、心からの「ありがとう」が必要だ。心をこめたお礼の言葉を返すことで、相手の労力を認め、その心遣いに感謝し、その意図を理解し、その行為のもたらした効果を伝えることになるのだ。

 それだけではない。上記は理性的な要素だが、感謝を述べることは本来、感情に根差した行為である。「ありがとう」は人と人を結びつける。単に相手の労力や心遣い、意図、行為を認めるだけではなく、その人自身を受け入れることにつながるのだ。

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