日本企業が持続的競争優位を築くために
どのような経営を目指すべきか

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競争優位の持続が困難になるなか、ポーターの戦略論は通じなくなったのだろうか。また日本企業はどのように持続的な競争優位を築くべきか。長年マッキンゼー日本のディレクターを務め、現在、一橋大学大学院国際企業戦略科で教鞭を取る名和高司教授が、新たな経営モデルを提唱する。

 

競争優位の持続はもはや幻想か

名和 高司
(なわ・たかし)
一橋大学大学院国際企業戦略科教授。
東京大学法学部卒、ハーバード・ビジネス・スクール修士(ベーカースカラー授与)。三菱商事勤務の後、マッキンゼーのディレクターとして約20年間、コンサルティングに従事。自動車・製造業分野におけるアジア地域ヘッド、ハイテク・通信分野における日本支社ヘッドを歴任。2010年6月より現職。ファーストリテイリング、NECキャピタルソリューションズの社外取締役、味の素、ダイキン、リコー、デンソー、BCGなどのシニアアドバイザーを兼任。主な著書に『学習優位の経営』(ダイヤモンド社)『失われた20年の勝ち組企業100社の成功法則~X経営の時代』『日本企業をグローバル勝者にする経営戦略の授業』(ともにPHP研究所)などがある。

 ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)のマイケル・ポーター教授(当時)が「競争優位」とういう概念を経営に持ち込んで以来、はや30年になる。その間世界中の企業が、競争優位を構造的に築くべく、躍起になってきた。しかも、いったん獲得した競争優位をいかに持続させるかが、勝者の条件と考えられてきた。世界のビジネス・オリンピック・ゲームは、さながら「持続的競争優位獲得競争」の様相を呈してきたといっても過言ではない。

 もちろん日本でも、ポーター理論は競争戦略の教科書としてもてはやされてきた。しかし、この間多くの日本企業が、世界的に競争力を落とし続けてきたことも残念ながら事実である。では、日本企業は、ポーター・スクールの落第生だったのだろうか?

 たとえば、電子立国の主役だった半導体や家電企業の失墜をみてみよう。1980年代から90年代初頭にかけて、垂直統合型事業モデルのもと、技術をブラックボックス化し、磨き続けることで、持続的な競争優位を築き上げてきた。この時点では、ポーター・スクールの優等生だったはずなのだ。

 ところが、技術革新や産業融合が加速する中で、この競争優位は脆くも崩れ去る。アップルやクァルコムなど、デザインやマーケティングに軸足を移したファブレス企業群が、あっという間に日本企業を遠く追い越して行った。後に同じくHBSのクレイトン・クリステンセン教授が唱える「イノベーターのジレンマ」に、見事に足元をすくわれてしまったのだ。

 クリステンセン教授によれば、そもそも「持続的競争優位」を構造的に築こうとすることが、墓穴を掘ることになる。そしてそのジレンマに陥るのは、日本企業だけではない。たとえば最近、マイクロソフトがノキアの携帯事業に踏み切ったが、両社とも、自社の競争優位を持続させようとした結果、スマートフォンへの移行を見事に読み誤った。世界の頂点に立ったかに見えるサムスンでも、「サムスンの現在の主力事業は、10年後にはすべてなくなっているだろう」という李健熙会長の指揮のもと、持続的優位の幻想からの脱却に懸命だ。

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