復興に必要なのは、“非効率”な生身の人間の絆

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災害時には、救援物資の配給や制度面の調整が真っ先に必要とされる。しかしほかにも不可欠なものがある、とブレグマンは語る。生身の人間どうしが声をかけ合い、ふれ合うことでしか生まれない絆だ。これはボランティアの本質に関わることなのかもしれない。


 2012年秋のこと。わずか数日でニューヨーク市は2つの異なる都市になってしまったかのように報じられた。1つは、ハリケーン・サンディの大きな被害を受けた人たちの都市。もう1つは、嵐で生活がやや不便になっただけの人たちの都市だ。

 私の住むマンハッタンのアッパー・ウェストサイドは幸い、最小限の影響で済んだ。子どもたちの学校は数日休校になったが、停電もなく、私の住まいにもまったく被害はなかった。自分の車もあり、万が一に備えて嵐の夜にガソリンを満タンにしておいた。

 したがって、救援物資を集めて被害の大きかった地区へ運ぼうと呼びかけるeメールを何通か受け取った時には、協力する準備が整っていた。

 マンハッタンのユダヤ系コミュニティ・センターに着くと、ロビーには衣類や食料、おもちゃ、トイレ用品、毛布、懐中電灯などの必需品が入った黒いごみ袋が山積みとなっていた。それらを仕分けする人たち、車に積み込む人たち、そして被害が大きい地区への届け先を指示するリーダーがいた。すでに100台の車が物資を積んで出発していて、その日のうちにさらに100台が追加されることになっていた。

 イザベルとソフィア(長女と次女)も、配給を手伝うために同行していた。ボランティアがあっという間にミニバンに荷物を積み終え、私たちはスタテン島へと向かうことになった。ところがその時、友人から電話がかかってきた。スタテン島には行くな、と言う。現地の配給所にはすでに物資があふれているらしく、ファーロッカウェイへ行けと言われた。

 数時間後、ファーロッカウェイに着くと、配給所は物資であふれていた。そして教会が配給所を兼ねていると聞き、そちらへ行ってみた。ところが、そこでも、すでに処理できる以上の物資が届いているから、と断られる。別の大きな配給所に行ってみたが、またもや断られた。

 ファーロッカウェイで配給所を探しながらゆっくり運転していると、一度も見たことのないような悲惨な情景が目に飛び込んできた。一区画全体の家々が火事で焼け落ち、家の前の階段だけが残り、焼け跡にはガレキが広がっている。洪水が引いたあとの路上には、砂と瓦礫――ボートもあった――が散乱していた。曲がり角には、廃棄物となってしまった木材や家具、おもちゃ、崩れた外壁などが泥だらけで山積みになり、衛生局の回収を待っていた。

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