バナー広告の生みの親が語る
いま広告を襲う3つの「嵐」

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本誌2013年7月号(6月10日発売)の特集は「広告は変われるか」。これに合わせ、HBR.ORGで展開された「広告の未来」特集から8本の記事を厳選し、お届けする。第2回は、世界で最初のバナー広告を制作したジョン・マキャンブリーの提言だ。インターネット広告の黎明期にして理想の時代であったという1990年代中盤を振り返り、その後何が失われたのか、今後の広告に何が必要かを語る。


 バナー広告は、常に悪者だったわけではない。私はそのことを、誰より知っている。最初のバナー広告の作成に関わったのだから。

 私の子どもたちは、「それって天然痘を発明したっていうのに似てるよ」などと言う。

 あれは1994年10月、インターネットにとってこのうえなく理想的な時代だった。デジタル広告のパイオニアの多くは、サービスと呼んでも差し支えないほど有益な広告をつくることができると信じていた。私たちは「どのように売るか」ではなく「どのように人々の役に立つか」と自問すれば、人々の考え方を転換させることができると知っていた――ブランド体験を回避しようという意識を、探し求めようという方向に変えられるということを。

 私が働いていた、立ち上げ間もないデジタル系代理店モデムメディアがAT&Tのために制作した最初のバナーは、便利で有益なものだった。人々がまだそれほどウェブに慣れていなかった当時、そのバナー広告はhotwired.comを訪れたユーザーを、世界で最も有名な7つの美術館のツアーへと導いたのだ。その広告は、AT&Tがインターネットを通じて人々に時空を超えた旅を可能にするということを実証するものだった――100年前に同社が、最初の長距離電話網で実現したのと同じように。このバナー広告を見た人の44%が実際にクリックした。

 人々はその体験を単に喜んだだけではなかった。友人と分かち合いたいと願うほど気に入ってくれたのだ。私たちは衝撃を受けた。「広告をシェアする人などいない」と言い合った。「お菓子やコカ・コーラを分け合う人はいるし、軒先のブランコも相乗りするだろうが」。このとき初めて「バイラル」(ウイルス性の)という言葉が肯定的に使用されるのを耳にした。私たちは、何かを掘りあてようとしていた。

 大手代理店がウェブに背を向けていた夢のような数年間に、私たちは大手ブランドのために素晴らしい仕事をした。広告ではなく、役に立つコンテンツ体験を提供したのだ。モデムメディアで私の上司であったG・M・オコネルがかつて言ったように、「人々は新聞を読み、ラジオを聞き、テレビを観る。しかし用事を済ませる時には、インターネットに接続する」ということを私たちは知っていた。

 しかし、1998年までにインターネット広告への投資額は増大し、既存の大手代理店の目を覚ますところまで達した。モデムメディア、レイザーフィッシュ、Agency.comといった革新的な代理店はやがて買収された。大手代理店に理解できる限られた尺度――リーチと頻度――によって、ネット広告の内容や有用性が地に墜ちるのにそれほど時間はかからなかった。ネット広告の作り手はふたたび、テレビ・ラジオのスポットCMや印刷広告が長年届けてきたのと同じもの、つまりセールスメッセージに逆戻りした。その他の要素は、大手代理店に言わせれば、過去のものとなった。

 しかしいま、大変興味深い状況を迎えている。私たち全員に、名誉を挽回して広告のあり方を永遠に変える機会を与える、大きな嵐が吹き荒れているのだ。

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