構造改革は「構造改革」を待たない(その1)

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 民主党から自民党へと政権が代わり、あらためて構造改革(普通はこの前に「抜本的な」という形容詞がつく)が話題になっている。ただし、考えてみると先の民主党政権も「政権交代による抜本的な構造改革!」というかけ声で始まった。先の民主党政権に限らない。その前の首相も、その前の首相も、さらにその前も、かならず第一声は「構造改革!」であることに違いはない。僕が生まれたのは、ちょうど池田勇人内閣から佐藤栄作内閣に移行するときだったが、佐藤内閣もいちばん最初に打ち出したのは「抜本的な構造改革」だった(いや、ホントは確認していないのですが、おそらく間違いないような気がする)。

 全員が全員構造改革を旗印にして何十年もやってきたにもかかわらず、一向に改革が進まないように見えるのだが、そもそも、構造改革が必要なのは日本に限った話ではない。というか、「抜本的な構造改革が必要だ!」と言っていない国や地域はまずもってないはずだ。世の中、いつでもどこでも「抜本的な構造改革が必要」なのだ。「いやー、おかげさまでこのところうまくいっているものですから、当面は構造改革は必要ありませんな。カラダだけは大事にしてください、どーもスイマセン」などと三平師匠(もちろん初代の)のように呑気なこと言っている指導者はこの世に一人もいないはずだ。

 言うまでもなく、これにはいやになるほど強力な理由がいくつもある。第1に、「構造」というものの持っている性格。「構造」というからには、それは一定程度安定的に存続する仕組みを意味している。しかし、世の中は絶えず変化している。構造が一定期間にわたり安定的に動いている以上、それは常に世の中と実態と乖離していく。重要な問題に対応できなくなる。

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